会田綱雄「伝説」の本歌が分かった

 会田綱雄に「伝説」といういい詩がある。

湖から
蟹が這いあがってくると
わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
山をこえて
市場の
石ころだらけの道に立つ


蟹を食う人もあるのだ


縄につるされ
毛の生えた十本の脚で
空を掻きむしりながら
蟹は銭になり
わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
山をこえて
湖のほとりにかえる


ここは
草も枯れ
風はつめたく
わたくしたちの小屋は灯をともさぬ


くらやみのなかでわたくしたちは
わたくしたちのちちははの思い出を
くりかえし
くりかえし
わたくしたちのこどもにつたえる
わたくしたちのちちははも
わたくしたちのように
この湖の蟹をとらえ
あの山をこえ
ひとにぎりの米と塩をもちかえり
わたくしたちのために
熱いお粥をたいてくれたのだった


わたくしたちはやがてまた
わたくしたちのちちははのように
痩せほそったちいさなからだを
かるく
かるく
湖にすてにゆくだろう
そしてわたくしたちのぬけがらを
蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
むかし
わたくしたちのちちははのぬけがらを
あとかたもなく食いつくしたように


それはわたくしたちのねがいである


こどもたちが寝いると
わたくしたちは小屋をぬけだし
湖に舟をうかべる
湖の上はうすらあかるく
わたくしたちはふるえながら
やさしく
くるしく
むつびあう

 このユニークな詩を会田がどうやって発想したのか不思議に思っていた。それが大岡信谷川俊太郎の『詩の誕生』(岩波文庫)を読んで分かったように思った。そこに万葉集の乞食者(ほかひ)の歌が紹介されている。

大岡信  万葉集巻16に乞食者の歌が二つあって、一つは詩人が蟹になり、もう一つの歌では鹿になっている。その蟹や鹿はご主人様に殺されるわけ。蟹は殺されて甲羅をはがされ、肉は食われ、残骸は墨壺などになるんだが、そのことを幸せだと、ご主人様に感謝する歌なんだよ。私はしがない蟹なのに、ご主人様に食べていただき、死骸も役に立ててもらえます。ほんとにありがたいことです、と。鹿のほうも同じように、私の肉を食べていただいて光栄ですと歌う、そういう歌なんだけどさ。……

 万葉集のその歌がどんな歌なのか検索してみたら、これが長歌みたいでなかなか難しい。
 「乞食者の歌(万葉集を読む)」
http://manyo.hix05.com/shomin/shomin.hokahi.html
 会田綱雄が万葉集を読んで、「伝説」の詩を発想したのじゃないだろうか。




詩の誕生 (岩波文庫)

詩の誕生 (岩波文庫)