土屋尚嗣『クオリアはどこからくるのか?』を読む

 土屋尚嗣『クオリアはどこからくるのか?』(岩波科学ライブラリー)を読む。副題が「統合情報理論のその先へ」。土屋は脳から意識が生まれる仕組みを研究している。私の見ている「青」はあなたの見ている「青」と同じか、違うか? 土屋は色の感覚意識のことを色のクオリアと呼ぶ。色のクオリアは脳から生み出されている。色のクオリアを、五感感覚などのクオリアに置き換えても、私とあなたは同じように感じているのか? クオリアとは言い換えれば意識の中味のこと。

 さて、土屋はジュリオ・トノーニの提唱する意識の理論「統合情報理論」を採用する。統合情報理論が提案する意識の公理は5つある。

 

1.存在性:意識はそれを持つ者にとって存在する。

2.組成性:意識はさまざまなコンポーネントから組成されている。

3.情報性:意識には情報がある。

4.統合性:意識は統合されている。

5.排他性:意識は排他的であり、経験されるそれ以上でもそれ以下でもない。

 

 この5つの公理をもとに、統合情報理論は数学的な「翻訳」を試みて、あるシステムが持つ意識をサポートするための条件を、5つの対応した数学的な仮定として提案します。(中略)

 この5つの仮定をもとに、以下の3つの数学的な手続きを設定します。

 

1.(脳などの)あるシステムが持っている意識レベルに相当するのは、そのシステム統合情報量(システムレベルのビッグ・ファイΦ)と呼ばれる量である。

2.ビッグ・ファイが局所的に最高になるサブ・システム、それを「コンプレックス」と呼び、そのコンプレックスに意識が宿る(今のところ、コンプレックスとは、ネットワークの一番重要な中心と考えてもらってよいです)。

3.コンプレックス内に含まれる(ニューロンニューロンの集団などの)「メカニズム」は生み出す統合情報量(メカニズムレベルのスモール・ファイ)、そしてそのスモール・ファイφ同士がどういう関係性を持っているかによって、意識の中味・クオリアが決まる(今のところ、スモール・ファイの関係性とは、クモの巣のようなものだと考えてもらってよいです)。

 

 どんな意識にも成立している意識の根本的な特徴である、意識の5つの公理。

 その一つである情報性公理を考える。私たちの意識にはその意識にとって莫大な情報量があり、一瞬ごとの意識はすべての他の経験しうる意識と区別がつく。

 この情報性を物理的なシステムがサポートするには、まず、システムの現在の状態がどれだけ自分自身の過去と未来を決定できるかを計算する。

 次に、意識の統合性公理を考える。意識経験は常に一つに統合されている。

 その統合性を測るために、システムの一番つながりの弱いところを切ってみる。そのときに失われる情報量が統合情報量である。

 この考えにしたがうと、小脳には大脳に比べて4倍も多くのニューロンが含まれているにもかかわらず、なぜ意識にほとんど関与しないかが説明できる。小脳では、たくさんのモジュールが並列に存在し、それぞれがお互いに干渉しないようなつながり方になっている。つまり統合情報量が非常に低い。そのため、ニューロンの数としては大脳の4倍にものぼるのに、小脳が生れたときからなくても、大人になってから小脳を失っても、意識にはほとんど影響がないということだ。

 

 さて、統合情報理論がいうところのコンプレックスが同定できたとして、それがどのような意識の質・クオリアを経験するのでしょうか? 結論から言うと、コンプレックスの中に入っているニューロンニューロン集団が、どのようにコンプレックスに対して影響を与え、かつ影響を受けているのかを表わすような因果関係(スモール・ファイ)のネットワークとその状態がクオリアを決定する、ということです。

 

 こんな風に書き記してみると、きわめて難解な印象だが、最初から順を追って読むとわかったような印象が得られる。土屋は丁寧に分かりやすく語ってくれる。意識研究が、現象学などの哲学から脳科学に移行しているのがよく分かる。