虫明元『学ぶ脳』(岩波科学ライブラリー)を読む。副題が「ぼんやりにこそ意味がある」というもの。裏表紙の惹句より、
脳では様々なネットワークが常に切り替わりながら活動している。何もしていない時にも、脳は活発に活動する。その活動は、脳全体を統合し、記憶や想像、自己の認識や他者の認知にも関係する。ぼんやりしている時に脳のネットワークは再構成され、そこに新たな気づきやひらめきが生まれる。より良い学び方を脳に学ぶ。
脳は安静時にも活動している。安静時、ぼんやりと何もしていない時、脳のネットワークは外界との入出力に影響されずに、それぞれ別の機能を持ったモジュールが自律的に自己組織化して働くことができる。
安静時に活動する脳活動のネットワークを、本書では5つに分けている。感覚と運動に関わる感覚運動ネットワーク、内臓などからの内受容感覚や、外界からの外受容感覚の情報を受ける気づきネットワーク、認知機能全般に関わる執行系ネットワーク、安静時の活動の主体をなす基本系ネットワーク、短期記憶を長期記憶に変換する皮質下ネットワークだ。特に基本系ネットワークは注意を内面に向けた時(内的注意)やぼんやりした時などに活動する。また自由に想像するなどの発散的思考や、社会的認知、自己に関する回想的、展望的な語り(ナラティブという)を形成する働きにも関与する。
本書では学びに関わる脳の仕組みを4つの段階に分類して説明する(身体脳、記憶脳、認知脳、社会脳)。感覚運動ネットワークが主体の身体脳、短期的な記憶を長期的な記憶として大脳皮質に留める役割の記憶脳、認知脳は目標達成のために、ルールや様々な状況を分析する高次の精神機能を学ぶ部位で、執行系ネットワークが主体的に関わる。一般的に執行系ネットワークは外界や概念化した対象へ向かい、基本系ネットワークは自己や他者の心の内面に向かう。社会脳は対人関係を介した相手の理解、いわゆる社会認知を学ぶ部位で、基本系ネットワークが主体的に関わる。
長期の記憶は2つに分類される。意識化でき、言語として、または具体的な映像として報告できる記憶を明示的記憶またはエピソード記憶という。対して自転車の乗り方など行動でしか示せない記憶を暗示的記憶という。記憶の定着は学習後の睡眠や安静の時期に起こる。記憶直後の安静や睡眠を妨げると記憶がきちんと固定しない。
日常の多くの判断や行動は記憶脳での学びの結果として自動的・習慣的に行われる。しかし記憶脳は合理的でない行動をもたらすことがある。これは認知バイアスとして知られている。認知脳は、行動の損得を短期的な利得より長期的な利得という長い時間尺度で判断する働きに関わっている。また行動の目標に応じて作業記憶を使って複数の行動計画を検討し、先読みを行い、これから行う一連の行動の決定に関わる。認知脳は記憶脳の認知バイアスに抵抗して、合理的な判断をすることができる。
社会脳では他者の視点を学ぶことが重要とされる。他者との協働では他者をある程度理解することが前提になる。その能力が共感性である。共感性には3つの側面がある。感覚運動的共感は動作や表情の模倣などによって他者の意図や情動を理解するもの。受動的共感は他者の身体へ向けられた痛みなどを自分の身体の痛みのように感じたり、他者の情動表現を見るだけで様々な情動に共感する仕組みである。認知的共感性は、他者がどう考えているかを理解する共感性だ。また自分が他者を理解するというだけでなく、他者の視線で事態を理解するということでもある。
最後に創造的な学びについて語られる。様々な事例から、創造性を発揮する人は、しばしば自分の中にいろいろな多様性を併せ持った混乱している人(messy mind)であるという。また創造性にまつわる多くの逸話では、気づきの瞬間について、ぼんやりとしている時にふと良いアイデアが浮かぶことがあると指摘されている。1日の生活の中に少しでもぼんやりする時間を習慣的に持つことは、基本系ネットワークの発散的思考を最大限に活動させることにつながる。
本書は学びに関する脳の機能、仕組みを分かりやすく語っている。どんな形で学ぶのが効率的か少しわかった気がする。これからは集中するばかりでなく、ぼんやりもしよう。昔グレアム・グリーンの『落ちた偶像』を酒を飲みながら一晩で読み終えたとき、翌日全く内容を覚えていなくて驚いたことがあった。あれも過度の飲酒で記憶が定着しなかったのかもしれない。
学ぶ脳――ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)
- 作者: 虫明元
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2018/04/06
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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