毎日新聞の「今年の3冊」から

 年末恒例の毎日新聞「今年の3冊」が発表された(12月11日と18日)。これは毎日新聞の書評執筆者36人が今年刊行された書籍から各3冊を挙げている。その中から気になったものを拾ってみた。

 

村上一郎推選

ヒトラー 虚像の独裁者』芝健介著(岩波新書

本書は、新書だが内容は深く重い。ヒトラーの評価は、現代ドイツでは無条件に「悪」というのが、私たちの常識だが、ことは一筋縄でいかないらしい。博捜の資料を駆使してその筋を解きほぐす著者の手腕は見事。今でも教えられることが多い。

 

 

 

橋爪大三郎推薦

『ニュー・アソシエーショニスト宣言』柄谷行人著(作品社)

本書は、柄谷行人氏のビジョン。傑出した思想家の氏は、自分が定めた近代の足場からすっくと論理を伸ばし、可能な未来を描いてみせる。将棋流に言えば、われわれの歩む資本主義の本譜に隠れる、もうひとつの変化手筋の全体像だ。

 

『〈世界史〉の哲学 近代篇1:〈主体〉の誕生、近代篇2:資本主義の父殺し』大澤真幸著(講談社

本書は、壮大な連作シリーズの最新刊。大澤真幸氏は社会学哲学の道具箱をひっくり返して、近代と格闘する。首ねっこを押さえても、尻尾がじたばたしている。だから2冊になった。われわれが生きている時代はとらえどころのない巨大な怪物だが、それが料理されていく爽快感は、幸せな読者のものである。

 

『9条の戦後史』加藤典洋著(ちくま新書

本書は、加藤典洋氏の遺稿。一昨年刊行の『9条入門』の続編だ。軍を取り上げられお仕着せの平和論をオウム返しする戦後言論にも、気骨の論客はいた。それを発掘し、この国の将来を見据える。

 

 

 

 

 

 

高樹のぶ子推薦

ドストエフスキーの黒い言葉』亀山郁夫著(集英社新書

今年はドストエフスキー生誕200年ということで、亀山郁夫さん中心に、本が何冊も出た。/難しくて解らない、と敬遠していたが、NHK「100分de名著」に取り上げられ、亀山さんが「カラマーゾフの兄弟」を解説されるのが面白くて、いま、謎にハマっている。

 

 

 

佐藤優推薦

ドストエフスキーとの旅 遍歴する魂の記録』亀山郁夫著(岩波現代文庫

本書は、ドストエフスキー生誕200年の2021年に相応しい作品だ。亀山郁夫名古屋外国語大学学長)がソ連当局に拘束されたときの経験を実存的に掘り下げて、ドストエフスキーの「二枚舌」に気付いたところが見事だ。

 

『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』樋田毅著(文藝春秋

本書は全共闘運動終焉後、煮詰まっていき、内ゲバに明け暮れる新左翼運動の実態を見事に描いた。樋田毅氏(元朝日新聞記者)は、早稲田大学の学生時代、革マル派に襲撃されて重傷を負ったにもかかわらず、40年近く経った今、対峙した元革マル派活動家を訪ね、ていねいな取材をしているところが秀逸だ。

 

 

 

 

加藤陽子推薦

『円 劉慈欣短篇集』劉慈欣著、大森望・泊功・齊藤正高訳(早川書房

『三体』の著者は本短篇集でもSFの常識を覆した。変貌を遂げる中国の裏面で確かに息づく普通の人々の生活を蟻の眼で描く。SFでこれをやるのか。

 

 

 

 ほかに、すでに私もこのブログで取り上げた作品が3冊選ばれていた。

鴻巣友季子推薦

『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか』竹内康浩・朴舜起著(新潮選書)

池澤夏樹推薦

『「顔」の進化』馬場悠男著(講談社ブルーバックス

荒川洋治推薦

高田博厚ロマン・ロラン往復書簡 回想録『分水嶺』補遺』高田博厚ロマン・ロラン著、高橋純編訳(吉夏社