野上照代『もう一度 天気待ち』を読む

 野上照代『もう一度 天気待ち』(草思社)を読む。副題が「監督・黒澤明とともに」、野上は『羅生門』以来、黒澤明監督の映画のスクリプター、編集者を多数担当した。

 本書は最初に『天気待ち』として文藝春秋から出版され、のちに「三船敏郎黒澤明」、「仲代達矢三船敏郎」、「伝説の黒澤映画」の3章を第1部として増補したもの。

 黒澤映画を身近で手伝ってきた編集者によって書かれたエッセイだから、内輪の面白い話がいっぱい載っている。

 スタッフたちの大失敗や、野上の出演者の衣装を間違えてしまった話。『乱』で炎上する城は3億円かけて作って、一発本番で火を点けて炎上する城から仲代達矢が出てくるシーン、32分間撮影して使用したのは2分5秒。

 ソ連との合作『デルス・ウザーラ』には苦労したようだ。ソ連からの条件で黒澤に同行する日本人スタッフは4人だけ。野上もその一人だった。ロケ地はシベリアで、ダニと蚊がいてトイレがなかったり、大変だった。シベリアの冬は猛烈で気温が零下40度くらいになる。

 『影武者』の撮影では武田軍の騎馬隊が信長軍の鉄砲隊に敗れて殲滅されてしまう。150頭ほどの馬がほしいと黒澤が言う。結局北海道の馬市で130頭の馬を競り落としたという。最後に馬たちの死骸が戦場を埋め尽くす。それは催眠薬で眠らせた。

 『夢』のゴッホのエピソードも、ゴッホが麦畑の中に入っていくと鴉たちが飛び去って行くシーンがある。春から麦を育て、250羽の鴉を捕らえて、半分ずつ2回本番で飛び立たせた。

 『乱』の音楽は武満徹だったが、ダビングのとき黒澤と衝突した。武満が怒って途中で帰ってしまった。3週間後にはプレミア試写が決まっていた。その後武満が詫びて映画は完成した。ダビングの最後の日に皆で乾杯した。黒澤が帰ったあと、武満が即興で歌を歌いながらジャズっぽくピアノを弾きだした。

 「昨日の悲しみ、今日の涙/明日は晴れかな、曇りかな/昨日の苦しみ、今日の悩み/明日は晴れかな、曇りかな」そしてこれは黒澤さんに捧げる歌なんだと言った。この曲は武満徹作詞・作曲として『明日ハ晴レカナ、曇リカナ―混声合唱のための〈うた〉』というアルバムに収められている。