橋本忍『複眼の映像』を読む

 橋本忍『複眼の映像』(文藝春秋)を読む。副題が「私と黒澤明」、名脚本家橋本忍が黒澤との映画作りを語っている。これがとても面白い。

 橋本は伊丹万作に師事し、伊丹が亡くなったあと、黒澤を紹介される。芥川龍之介の「薮の中」を脚本化して黒澤に見せると気に入られて、短いから長くするよう要求される。それで「羅生門」を合わせて、映画『羅生門』の脚本が完成し、黒澤が監督したその映画はヴェネチア映画祭で日本映画として初めての金獅子賞を受賞した。

 その後、黒澤、橋本に小國英雄を加えて『生きる』を書き、これもベルリン国際映画祭銀熊賞を受ける。次に作ったのが傑作『七人の侍』だ。その経緯が語られる。武士の一日を描き、最後に切腹する『侍の一日』が予定されていたのに、それが武士が昼飯を食べるかどうかで脚本が中断し、断念する。ついで企画したオムニバス映画『日本剣豪列伝』のシナリオを黒澤が読み、クライマックスだけでつないだ映画なんて間違いだったと取りやめる。

 剣豪列伝がポシャッタとき、黒澤が武者修行って何だったのかと問う。どうやって食べていたのかと。プロデューサーの本木荘二郎が、道場へ行って一手手合わせすれば晩飯と翌朝乾飯(ほしい)がもらえる。道場がなければ寺へ行けば飯と翌朝乾飯がもらえる。道場も寺もなければどうすると橋本が問うと、当時は治安が悪かったから百姓が雇ってくれると本木が答えた。橋本と黒澤は頷き合って、黒澤が「出来たな」と言った。『七人の侍』が誕生した。

 『七人の侍』について、Wikipediaには次のように書かれている。

本作は世界で最も有名な日本映画のひとつである。1954年の第15回ヴェネツィア国際映画祭では銀獅子賞を受賞した。国内外の多くの映画監督や作品に大きな影響を与えており、1960年にアメリカで西部劇『荒野の七人』としてリメイクされた。最高の映画のリスト(英語版)に何度も選出されており、2018年にBBCが発表した「史上最高の外国語映画ベスト100」では1位に選ばれた。

 橋本はその後も黒澤と何本か一緒に脚本を書くがあまり成功しなかった。橋本が外れて撮った『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』『赤ひげ』が当りを取った。しかし、『影武者』『乱』は失敗だった。

 黒澤が君たちの時代が必ず来ると太鼓判を押したのが野村芳太郎だった。橋本の設立した橋本プロの第1回作品『砂の器』を撮る監督だ。その野村と橋本はスピルバーグの『ジョーズ』の試写を見る。二人とも出来の良さを実感した。そして野村の評した言葉。

 「橋本さん……これからスピルバーグの映画はもう見ることはないですよ」

 「え?」

 「映画の監督を一生やったって、そんなのは1本出来るかどうかですよ。だから彼には、この『ジョーズ』が最高で……これから先はなにを撮っても、これ以上のものはもう出来ませんからね」

 さて、本書は橋本忍による優れた黒澤明論だ。88歳の高齢でよくぞこんな優れた本を書いてくれたと思う。橋本は名脚本家だから最初から最後まで外さずに読ませる。見事なものだと唸った。ただ、脚本家なので欠点もある。人物が書きこめていないのだ。映画では監督や役者が人物を掘り下げる。脚本家はそこまで書きこんではいけないのだ。本書の中にも「ト書き」は短くするよう書かれていた。

 橋本の黒澤明評に従って、黒澤の映画を見ていこう。ちょうど国立映画アーカイブで、明日から「生誕100年 映画俳優三船敏郎」が始まる。『蜘蛛巣城』『用心棒』『七人の侍』『羅生門』『酔いどれ天使』が上映される予定だ。前売指定券が必要で当日券はないから注意。

 

 

複眼の映像 私と黒澤明 (文春文庫)

複眼の映像 私と黒澤明 (文春文庫)