古賀太『美術展の不都合な真実』を読む

 古賀太『美術展の不都合な真実』(新潮新書)を読む。これがとても興味深い内容だった。古賀は元朝日新聞の事業部で美術展の企画をしていた。その体験をもとに美術展の裏事情を書いている。そのあたりのことは一応知っているつもりだったが、私の知識なんかわずかなものだったことを知らされた。
 世界の美術館を1日当たりの入場者数で見ると、多い順で日本は毎年2、3本がベスト10に入るが、美術館全体では国立新美術館がやっと20位前後にランクするくらいだ。これは日本の展覧会が世界的に見ても混んでいることを意味する。そして日本が企画展で集客していることを指している。企画展でないのが常設展で、ルーブル大英博物館も企画展でなく常設展で客を集めている。
 日本の美術館でも東京国立近代美術館東京国立博物館は収蔵品が充実していて常設展のレベルが高いが、企画展を見に来た客はほとんど常設展に足を運ばない。企画展というのはゴッホ展とかマネ展、××美術館展と名づけられたもので、たいてい新聞社などが主催している。これらを企画するには多額の費用がかかり、それを回収するためには何十万人も集客しなければならない。都道府県立美術館にはそれだけの予算はないし、集客力もない。それで戦後から新聞社が企画して開催してきた。その後テレビ局が加わり、電通など広告代理店が企画から参加するようになった。大宣伝で集客し収益を上げている。
 1994年に国立西洋美術館で開かれたバーンズ・コレクション展が画期になったという。アメリカのバーンズの収集品を読売新聞社が借りて開催したものだ。借用料5億円を支払ったが107万人を超す入場者を集めて評判になった。あまりの入場者の数で美術館のトイレが限界を超えて故障してしまったと聞いている。私も雪の降った朝、今日は空いているだろうと思って開館時間30分前に行ったが、もう何十人も並んでいた。しかし、ここでスーラを見て、それまで図版でしか知らなかったスーラの大きな作品が本当に素晴らしいことに初めて気づかされたのだった。
 これから××美術館展が儲かることに気付いて、それからこの種の展覧会が増えていった。これはセザンヌ展のような個展と違って、作品を集めるために世界各地の美術館と個別に交渉する必要がなく、1館とだけ交渉すれば良いのでやりやすいのだという。
 日本の美術館は企画展に偏重してしまっていて、しかも予算規模が膨らんでいて館外の新聞社やテレビ局、広告代理店に頼る体質になってしまっている。自前の企画を学芸員が構想するゆとりがなくなってしまってきた。古賀は観客がもっと常設展に足を運ぶべきだという。
 私も常設展が好きで、東京国立近代美術館東京都現代美術館などの常設展にはよく足を運んでいる。古賀が勧めるのは他に、国立西洋美術館東京国立博物館東京藝術大学大学美術館、三菱一号館美術館サントリー美術館などだ。千葉市美術館や横浜美術館世田谷美術館東京都写真美術館も評価が高い。
 東京オペラシティアートギャラリーは、企画展示のほかに別室で常設展を開催している。それは寺田小太郎コレクションで、興味深い日本近代美術が並んでいる。特に難波田龍起のコレクションは300点を数え日本でも一番となっている。以前は企画展のチケットを買わなければ常設展が見られなかった。それで寺田さんに直訴して常設展だけのチケットを作ってもらった。200円だった。しかし昨年寺田さんが亡くなって、今年から常設展だけのチケットが廃止された。常設展だけを目当ての客は1日10人程度だったというから、効率からいえば仕方ないのかもしれない。
 実は本書について、ちょっと際物ではないかと手を出さなかったのだが、アートソムリエの山本冬彦さんから勧められた。実に有意義な読書だった。

 

 

 

美術展の不都合な真実 (新潮新書)

美術展の不都合な真実 (新潮新書)

  • 作者:古賀 太
  • 発売日: 2020/05/15
  • メディア: 新書