水野朝『詩集ラピス・ラズリ』を読む

 水野朝『詩集ラピス・ラズリ』(広瀬企画)を読む。本書を知り合いの画商さんから頂いた。水野は1945年生まれ、本書が10冊目の詩集となる。また水野は画家でもある。画家として作品を5万点以上作り、4千点作品を売ったと詩の中で書いている。
 水野は中学生のころから東京展を作った異色の日本画家中村正義に師事していた。おそらくそのような縁で羽黒洞で個展をしているのだろう。水野の詩は日記のような素朴なスタイルだが、なかなか面白い。「スパゲッティ」という題の詩はまさにレシピを書いたもので、レシピがそのまま詩作品になっている。今度私もこのレシピでパスタを作ってみよう。
 いくつかの作品を紹介したい。

 

  どん底

 

師中村正義が亡くなり
二年して両親が1カ月半の間に死んだ


伯母の態度
従兄弟の態度
両親の生きていた時とまったく変わり豹変していた
人間不信になっていた
今も続いているかもしれない


四十年たって
じっくり思いおこすと
自分の自立に役立ったかもしれない
人を信じなくなった
二人とも死んだので言えるが
こん畜生と思った


伯母の家には十年行かなかった
自分に近い人ほど豹変する

 奈良美智とも知り合いだったらしい。こんな詩がある。


   奈良美智


二ヶ月前、
はじめてスマホを買った
そこからスマホ
くぎづけになってしまった
奈良美智氏のツイッター
毎日読める
奈良氏が今考えていることが
即座に判る
奈良氏が三十歳のころ
ドイツに留学していて
ドイツに来てほしいと言って下さったこともあった
私は行かなかった
すぐ子宮摘出手術をしていた
四十四歳だった
今にして思うと
やはり
行かなくてよかったと思う
ドイツに行けば
私は絵を描くことを
やめていただろう
裏方に徹していただろう


中村正義先生は私を舞子として
最後まで「うしろの人」を
描き続けて下さった
奈良氏も、お鼻の低い、目の大きい
口はうすい女の子を
何枚も描いている
奈良氏ももうじき還暦になる

 そうか、中村正義の「うしろの人」のモデルは水野朝だったのか。
・中村正義「うしろの人」
http://www.toyohashi-bihaku.jp/?page_id=1148