椹木野衣×会田誠『戦争画とニッポン』がおもしろい

 椹木野衣×会田誠戦争画とニッポン』(講談社)がおもしろかった。美術評論家椹木野衣と画家の会田誠が、太平洋戦争に際して軍部の要請で描かれた戦争画を巡って対談している。この二人の人選が良かった。
 戦時中に軍部の要請で描かれた戦争画は、戦後アメリカ軍に接収されアメリカへ持ち帰られていたが、1970年に「無期限貸与」という形で日本に返還された。現在それらは東京国立近代美術館に収蔵されている。1977年にそれらを公開する展覧会が開かれることになったが、なぜか開幕前日に突然中止されてしまう。そのまま非公開が続いていた。
 椹木は針生一郎とともに、美術館に公開を申し入れた。しかし美術館の返事は「ノー」だった。椹木は針生とともに、『戦争と美術 1937―1945』(国書刊行会)を出版する。
 会田は初期に「戦争画 RETURNS』のシリーズを発表している。ゼロ戦がニューヨークを襲っている「紐育空爆之図」などだ。本書の企画の対談には適任だろう。
 一方ここ20年で戦争画をめぐる局面は大きく変わり、「ネトウヨ」とか「反韓デモ」が跋扈して、戦争画を全面公開しても健全な批評的論争が起こるかどうか懸念するような事態にもなっている。
 二人は代表的な26点の戦争画の作品を選び、それらを具体的に分析している。意外に戦闘シーンが少なく、戦場の風景画などが多いとか、抒情的だとか。それらに教えられるところが多かった。
 また、ところどころ言及される画家たちに対する寸評もおもしろかった。

椹木  (……)日本で有元利夫さんの絵や舟越桂さんの彫刻が人気があるのも、(デラ・フランチェスカみたいな初期ルネサンスの画家を好むのに)実は近い感覚なんじゃないかと思います。有元さんはもともと藝大のデザイン科の出身で、彼の絵はそれこそピエロ・デラ・フランチェスカなど初期イタリア・ルネサンス絵画からの影響が強いですし、舟越さんの彫刻も、同じ時期の西洋絵画から飛び出して来たような人物像です。ロダンの肉塊のような作品と比べると、表面の処理をどれだけ精密にするかということに神経が注がれていて、中身から盛り上がってくるような量塊性のことは考えられていない。言い換えれば、有元さんの絵は図と地の関係がしっかりしていてイラストのようなところがあるし、舟越さんの彫刻はどこか人形みたいなんです。これは奈良美智さんの絵にも通じるところがありますね。

 椹木が言う。油絵で描かれた日本の戦争画はマチエール(絵肌)やヴァルール(色価)よりも構図の良し悪しが決め手だ、言い換えればデザインの勝利であるとも言えますね。それでは絵画の勝利になっていない、どの辺に足りないところがあったのか、と問いかける。

会田  自分のことも棚に上げずに言いますと、美術解剖学の徹底的な修練というものが、昔も今も日本の写実画には足りないと思います。
椹木  藝大で美術解剖学は教えていますよね?
会田  もちろん授業はありますが、必須ではありません。
(中略)
会田  (……)例えば、小磯良平など、すごい技術の持ち主だと思います。軍服のしわひとつとってみても、明るい方を一発でぴっと描くといった、手際の良さ。確かに、テクニシャンだと思うけれども、その上手さがどこか表面的な感じが……なんて、偉そうです(笑)。

 シュルレアリスムについて。

椹木  戦争とシュルレアリスムをつなげて、それこそ傷痍軍人のような人間観を推し進めていくと、寺山修二や唐十郎の審美性を経て、やがて花輪和一丸尾末広のようにデフォルメされた世界観になる。そしてその先に会田さんや駕籠真太郎さんのような描き手がいる。ここに金子國義四谷シモンといった渋澤龍彦のもとにあった作家たちを加えると、それこそ、日本におけるシュルレアリスムの王道になるのではないでしょうか。他方で、日本には瀧口修造に発する、もっとモダンなシュルレアリスムの流れがあるわけですが、戦争の阿鼻叫喚を経た後では、どこか絵空事のように見えてしまう。戦中に瀧口は福沢一郎と特高に逮捕されて転向している。それ以降は戦争という主題からある意味、(少なくとも表面的には)逃避してしまったのではないでしょうか。しかし結果的には、そちらのほうが日本の戦後美術の主流となっていく。

 本書の末尾に、本文で取り上げられた戦争画について、二人が寸評を加えていく章がある。
 戦後、挿絵画家として活躍した岩田専太郎について、会田が書く。

戦後も人気挿絵師として引っ張りだこだったこの浅草のモダンボーイは、戦後重たいものをじくじくと抱え続けた油絵画家たちとは、やはりもともと人種が違った、という気がします。

 小磯良平の「カンパル攻略」に対して、会田が評する。

主役である兵士をほとんど見せないこの画想は「気が利いている」と思います。「夏草の抒情」みたいなものも感じます。けれど僕はこの、東京美術学校を首席で卒業したテクニシャンの、戦後のバレリーナの絵なども含めた全画業に対して、不思議なくらい尊敬の念が湧かないのです。何か決定的に「薄っぺらい」。それは小磯個人の問題というより、東京藝大――あるいは日本の洋画の限界として感じられちゃう性質のものです。

 本書では戦後に描かれた戦争画もいくつか紹介している。古沢岩美丸木位里・俊、会田誠村上隆奈良美智などだが、木版画の風間サチコも選ばれている。その風間の作品を会田が紹介する。

彼女は太平洋戦争を中心に、最近の原発事故まで連なる日本の近・現代史を丸ごと、ほぼそれ専門で、題材にし続けています。その本格的な腰の据え方たるや、僕などとうてい足元にも及びません。また自然とレトロな雰囲気が醸される「木版」というメディアの特性も、最大限に活用しています。ヘビーな題材ですが意外と心地よく鑑賞できるのは、作品の随所に現れる、本人のユーモラスな人柄ゆえでしょう。

 風間サチコについては、このブログでも2回ほど紹介している。良い画家だと思う。
 実に興味深く教えられることが多かった。とても良い本だと思う。


戦争画とニッポン

戦争画とニッポン