埼玉県立近代美術館の「辰野登恵子 オン・ペーパーズ」を見る




 埼玉県立近代美術館で「辰野登恵子 オン・ペーパーズ」が開かれている(1月20日まで)。辰野は1950年長野県岡谷市生まれ、1973年に東京藝術大学大学院を修了している。
 辰野と言えば、1995年に東京国立近代美術館で同館史上最年少の45歳で個展を開いたこと、会場に足を運んで見事な色彩に圧倒されたことを思い出す。その後佐谷画廊や西村画廊での個展を見たが、菊の花とか錦鯉が描かれていた印象があって、これがあの辰野登恵子? と驚いた記憶がある。
 会場ではまず初期のシルクスクリーンの作品が並べられている。方眼紙のような格子を描いている。そこに汚れのような形を滲ませて、ミニマル風でありながらそこから逸脱するような作風を見せている。壁に書かれていた辰野の言葉。

ノートの横線や、原稿用紙のます目や、網点や、そういう整然と並んでいるものを、じっと見ているのが大好きで、そういう不毛なところに、もし、何かを一点落としたら、ぜんぜん違ったものに変身するでしょ。
点ひとつで、新しい空間が出現する。

 その後アクリルでストライプを描く。ついで荒々しい縦線状の油彩が描かれ、オイルスティックを使った線の乱れが現れる。30歳ころから油彩による不定形が出現し、40歳のころ凹型やブドウの房のような形、藻類の細胞のような形が描かれる。このころ辰野の絵画が確立する。豪華とも言えるようなと荒々しい色彩と単純な形。東京国立近代美術館の個展でも、それらが見る者を圧倒したのだった。
 別の部屋に新聞連載の原画が展示されている。2006年信濃毎日新聞に1年間連載された辻井喬のエッセイ「漂流の時代に」の挿絵として描かれたものだ。新聞連載なので色彩に頼らず形を主体に描いている。これがつまらなかった。
 辰野はミニマル風なところから出発した。作品の展開を辿っていけば、格子にだんだんと崩れのような要素を追加していって、そこからストライプや単純な形を大きく取り上げて優れた画面を構成している。それを可能にしたのは辰野の見事な色彩感覚ではないだろうか。色彩に頼らないドローイングのような作品では、辰野の貧しい形の欠点が見えてしまう。
 抽象作品というより、ミニマル風の傾向から出発した辰野は、ついに形の豊かさを持たなかった。それが生涯にわたってある種の貧しい絵画に終始したのではないか。
 辰野は2014年肝癌のため64歳で亡くなっている。こんな風に回顧展を見せてもらうと、画家の傾向、展開の跡がよく分かって有意義だった。
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「辰野登恵子 オン・ペーパーズ」
2018年11月14日(水)−2019年1月20日(日)
10:00−17:00、月曜休館
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埼玉県立近代美術館
埼玉県浦和市常磐9-30-1 北浦和公園内
電話048-824-0111
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/
※JR京浜東北線北浦和駅西口より徒歩3分