半藤一利『文士の遺言』を読む

 半藤一利『文士の遺言』(講談社)を読む。副題が「なつかしき作家たちと昭和史」とあり、表2の惹句にも「昭和史としての作家論!」とある。司馬遼太郎に関するエピソード、松本清張に関するそれ、そして永井荷風森鴎外坂口安吾志賀直哉吉井勇丸谷才一阿川弘之菊池寛、文学界、宮崎駿などが語られる。
 「あとがき」にこうある。

 本書を担当した編集者の加藤真理さん(……)が、頼まれてほうぼうの雑誌に書き散らしたものをきびしく取捨し、本1冊分になるように見事に編集して、ドーンと目の前におきました。その上に、講談社第一事業局の村上誠、こちらはニコニコとした笑顔で、加藤さんにエールを送り続けるのです。本書はこのようにしてできあがりました。

 半藤が「頼まれてほうぼうの雑誌に書き散らしたもの」をまとめてできたのが本書なのだった。半藤の昭和史に関する本を何冊か読んで、教えられることが多々あり、嫌いな著者ではなかった(だから本書を手に取った)が、それらと比べて文章に緊張感が欠けている。きちんと書いた半藤の文章はこんなに生ぬるくはなかったと思う。頼まれて雑誌に書き散らしたからなのだろう。
 もちろん興味深い面白いエピソードもある。永井荷風について、戦後の荷風の日記『断腸亭日乗』に「つけられていたたった一つの朱点(●印)が気になってたまらなくなった」。

……戦前の●印は「概ね女性に関係ある記載」ということで文学的には解決ずみのようであるし、戦後には朱点はなくなってほとんどすべて〇印。(……)が、そのなかにぽつんと22年2月27日の項には、明らかに朱点がつけられていた。

 半藤は、この日、荷風さんはいくらかエロチックな体験をしたらしいことが推察できる、と書く。ところは新小岩の赤線東京パレス。
 ところが、吉行淳之介のエッセイに驚くべき記載を発見する。その『不作法紳士録』(集英社)の「荷風の三十分」から、

私は後日、荷風の相手をしたという女の部屋に上ったことがある。これは嘘か本当か分からないが、その女のいうには、荷風は女のそばに躰を横たえて、じっと抱きしめるのだそうだ。なにもしないでただじっと横になっていてきっかり30分経つと立ち上がって身支度する。そして、300円おいて帰ったという。当時、1時間500円、泊まって千円から千五百円が相場であった。

 この年、永井荷風67歳。ふう、私より2歳若いのだった。



文士の遺言 なつかしき作家たちと昭和史

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