新藤兼人監督の映画『墨東綺譚』を見る

 新藤兼人 脚本・監督『墨東綺譚』の映画をDVDで見る。1992年制作の作品で、主演が津川雅彦墨田ユキだった。新藤は『『墨東綺譚』を読む』(岩波現代文庫)で、こう書いていた。

 荷風の浅草物と称して書いた舞台脚本は調子の低い物でした。荷風の小説は構成的ではなく叙述的ですから、ドラマを書くには向かないのです。

 永井荷風の原作では、主人公の作家がお雪に会ってから半年足らずで別れている。お雪が作家に結婚してほしいと言ったのを機に別れようと思う。しかし思い切れないでぐずぐずしているうちにお雪が病気で入院してしまい、それで結局別れることになった。それが昭和11年前後のことだった。
 新藤は荷風のメリハリの少ない小説をドラマチックに書き換える。それは見事な脚本だ。映画では作家がお雪と遭った年代をずっと後にずらしている。お雪と一緒になろうと約束し、しかしその約束の日に出掛けるのをやめようとする。自宅で逡巡しているがもう一度だけ会おうと支度を仕掛かる。そこへ米軍の爆撃機が襲ってくる。昭和20年の3月10日東京大空襲だ。荷風の家も全焼してしまう。お雪の暮らす玉ノ井も。それが二人の永遠の別れになる。つまり10年ほどずらしたのだ。
 戦後の昭和27年、荷風文化勲章を受章する。新聞でそれを見たお雪は写真が永井に似ていると思うが、エロ写真を撮っていると信じている彼女はまさかと否定する。その後浅草で擦れ違っても、似ているけれどあんなにやつれてはいないと、再会の機会を完全に失ってしまう。
 この作品は娼婦の物語だ。セックスシーンは欠かすことができない。新藤の演出は本当に見事だ。シンボリックでありながらリアルな状況を彷彿とさせる。それでありながら下品ではない。単に形式的でしかない吉田喜重の同じ様なシーンの描き方を思い出した。
 主演の津川雅彦墨田ユキが好演だった。久しぶりに良い映画を見た。



 

墨東綺譚 [DVD]

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