東京都現代美術館の「キセイノセイキ」を見る

 東京都現代美術館の「MOTアニュアル2016 キセイノセイキ」を見る。例年行われている若手作家を取り上げた企画展だ。今回が14回目だというが、いつもと少し違った感じがした。ちらしによると、芸術表現の環境の向上を目指して実験的な取り組みを展開するアーティストたちの組織「ARTIST' GUILD(アーティスツ・ギルド)」との協同企画だという。10グループが参加している。
 今回小泉明郎を一番の楽しみで行ったのだったが、まず横田徹の映像作品がすごかった。横田は1971年茨城県生まれ。1995年以来、アフガニスタンコソボソマリアイラクなど世界中の戦地を20年間渡り歩いてきた報道カメラマン。偏りのない報道のためにパレスチナイスラエルタリバンと米軍という対立する両陣営への取材を行ってきた。その映像作品は、ふつうテレビでは決して報道されない戦場の死体やけが人、銃撃などを至近距離から映し出している。撮影している隣で兵士が機関銃を撃ちまくっている。倒した男の傍へ近寄り、肺に穴が開いているぞ、助けてほしかったらあの村にタリバンがいるか答えろなんて言っている。死体がごろごろ転がっているのを見れば、これが本当の戦場の姿なんだと自覚する。テレビのニュースはきれいごとしか伝えていない。
 藤井光の展示は説明版のプレートだけで何も置かれていない。これは何なんだと思えば、先の戦争を記録する展示館が計画されたのに、反対意見によって結局計画が白紙にもどされてしまい、収集した戦争の記録品は埼玉かどこかの倉庫に仕舞われたままだという。そのことを批判して何も展示しないでプレートだけを置いているらしい。すごい企画だ。
 最後の部屋は壁が赤く覆われていて、写真が3枚だけ展示されている。古屋誠一の作品だ。大きな写真は古屋の妻クリスティーネが伊豆だったかの港の岸壁に立っている写真で、結婚の報告に古屋が実家の両親のもとに彼女を連れて来たときのものだ。幸せそうに笑っている姿が大きく伸ばされている。アラーキーが幸せそうな写真だと言っていた。クリスティーネは古屋と結婚して息子を産んだ。その子が小学生のときアパートの窓から跳び下りて亡くなってしまう。古屋はその後何度も何度もクリスティーネの写真集を制作し続ける。古屋と出会う前にクリスティーネは一度自殺を試みていた。幸せそうに笑っている写真にも首に大きな傷跡が見られる。このクリスティーネの写真の前で、感情が高ぶるのを抑えがたかった。
 さて、小泉明郎の作品についてだ。「オーラル・ヒストリー」と題された映像作品は、回答者の口元だけを撮るという条件で街頭インタビューを行い、1900年から1945年までの日本を含む東アジアの歴史について知っていることを語ってもらったもの。回答者たちの無知ぶりに驚きあきれたのだった。しかし、別の写真作品「空気」が問題だった。題名を記したプレートが壁に貼られているだけで、作品は展示されていないのだ。先日そのことに関するシンポジウムが近くのギャラリー無人島プロダクションで開かれた。それによると、小泉がよく分からない理由で美術館側から展示を控えてほしいとの要請があったとのこと。その要請を飲んで小泉が作品を引き上げたことで何もない壁だけがある。
 しかし小泉は近くにある無人島プロダクションを借りて、展示できなかった作品「空気」だけを並べる個展を現在行っている。写真が数点展示されているが、キャプションはない。そのことを問うと、キャプションは美術館に貼ってあるとのこと。ただ、美術館が配布している作品解説には次のように書かれている。

《空気》は、日本におけるタブーとして、空気のように透明な存在となった身体を表象化できないジレンマから生まれている。「空気」を慮るという要請が発動させる自己検閲の帰結を、あえて展示として可視化している。

 無人島プロダクションには不思議な写真が並んでいる。
 今回のMOTアニュアル、小泉明郎、藤井光、横田徹、古屋誠一と特段優れた作家たちの作品が見られた。近年にない充実ぶりだと思う。


 古屋誠一については、次のレビューを見てほしい。
小林紀晴『メモワール』を読む(2013年4月20日

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「キセイノセイキ」
2016年3月5日(土)―5月29日(日)
10:00―18:00(月曜休館)
東京都現代美術館
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小泉明郎
2016年4月29日(金)−5月15日(日)
11:00−19:00(5月9日休み)
無人島プロダクション
東京都江東区三好2−12−16
電話03−6458−8225
http://www.mujin-to.com