スパイ小説『ケンブリッジ・シックス』を読む

 チャールズ・カミング『ケンブリッジ・シックス』(ハヤカワ文庫)を読む。20世紀後半、イギリスの秘密情報部MI6やMI5にソ連のスパイが入り込んでいた。キム・フィルビー、アンソニー・ブラント、ガイ・バージェス、ドナルド・マクリーン、ジョン・ケアンクロスの5人だ。彼らはケンブリッジ大学在学中にソ連のNKVD(内務人民委員部)のエージェントとしてリクルートされた。5人はいずれもイギリス秘密情報部内で出世し、重要情報をソ連に流し続けた。だが、やがて裏切りが暴露され、彼らはソ連に亡命したが、イギリス国内の大きなスキャンダルになった。皆ケンブリッジ出身だったことから彼らを「ケンブリッジ5」と呼んだ。
 このキム・フィルビーを主人公にしたスパイ小説の傑作が、ジョン・ル・カレ『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』(ハヤカワ文庫)であり、グレアム・グリーンヒューマン・ファクター』(ハヤカワ文庫)だ。
 カミングの『ケンブリッジ・シックス』は、もう一人、ケンブリッジ出身のソ連のスパイが存在したとの設定で書かれたもので、タイトルはそこから採られている。
 ロシアの大統領セルゲイ・プラトフがKGB在籍当時、イギリスへの亡命を計ったことがあったという大胆な前提で本書が書かれている。その証拠を巡って何人もの人間が殺される。歴史学者のギャディスが「ケンブリッジ6」を暴いて出版しようとして事件に巻き込まれていく。話は複雑に展開し、事件は二転三転する。プラトフは柔道家と紹介されており、プーチン大統領をモデルにしていることはすぐ分かる。
 面白く読んだことは事実だったが、読み終わって評価すると、★4つでは評価しすぎだし、★3つ半では厳しすぎる判定になってしまう。その中間くらいだろうか。ここで満点は★5つで、上記の『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』と『ヒューマン・ファクター』がそれに相当する。
 何がいけないか? ル・カレではストーリーの芯に太い綱が真っ直ぐに伸びている。カミングでは芯になる綱は細く、あちこち撚れている。物語の必然性が弱いし、ご都合主義的な点も気にかかる。スタッフ程度の秘密情報部員が上部の許可を得ないで旧東欧に配置されている部員を勝手に動かせるのか。語りの視点の恣意的な移動も気になった。
 英国ダガー賞ノミネートとあるが、ノミネート止まりで受賞しなかったのもよく分かる。とは言うものの、上述のように結構おもしろく読んだことも事実だった。★3つ半+αと評価した所以だ。


ケンブリッジ・シックス (ハヤカワ文庫NV)

ケンブリッジ・シックス (ハヤカワ文庫NV)