先週(12月16日)の毎日新聞の書評欄のコラム「この3冊」がジョン・ル・カレだった。選んでいるのが池澤夏樹。さて何を選んだのか?
1.『スマイリーと仲間たち』(村上博基訳/ハヤカワ文庫/1470円)
2.『リトル・ドラマー・ガール』(村上博基訳/ハヤカワ文庫/品切れ)
3.『ロシア・ハウス』上・下(村上博基訳/ハヤカワ文庫/品切れ)
池澤の選書眼は確かだ。個人編集で『世界文学全集』(河出書房新社)を企画発行したことでもよく分かる。その選評は、
スパイとは結局は信頼の否定であり裏切りである。だからそれをあばく側に訪れるのは勝利感ではなくせいぜい空虚な達成感なのだ。「スマイリー3部作」はソ連諜報部を率いるカーラとイギリスで同じ地位にいて一度は失脚するジョージ・スマイリーの対決の物語で、最後の『スマイリーと仲間たち』でカーラを捕まえる。この結末がなんとも苦い。
3部作が完成したのが1979年。対ソ連という舞台を使い切った後、1983年に書かれた傑作が『リトル・ドラマー・ガール』。主題はイスラエル=パレスチナ問題だった。ヨーロッパ各地で爆弾を仕掛けるパレスチナ側のテロリストをイスラエルの諜報部が追う話だが、ジョン・ル・カレのリアリズムはそうそう簡単に一方を悪役にしない。潜入の任務を負ったイギリスの若い女優が見る難民キャンプの光景は現代の世界を生々しく映している。
ふたたび話をロシアに戻した『ロシア・ハウス』は1989年。冴えない中年のイギリス人が惚れたロシア女を救い出すために自分の国の諜報部相手に仕掛けるトリックが見事で読後感も爽快、ですよね丸谷さん。
最後の「丸谷さん」の呼びかけは、ここでは省略した前半に、丸谷才一のエッセイ集『猫のつもりが虎』の中の「冬のアイスクリーム」に「『ロシア・ハウス』の中でアイスクリームを食べる場面のことを実に楽しそうに書いておられた」ことへ繋ぐもの。
さすがは池澤夏樹、とは言うものの少しばかり異論がある。私はル・カレの最高傑作は『パーフェクト・スパイ』だと思っているからだ。これと「スマイリー3部作」のうちの2作でル・カレのベスト3となるだろう。その3部作『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』『スクールボーイ閣下』『スマイリーと仲間たち』から、さてどれを選んだらいいのだろう。
同じ紙面にはジョン・ル・カレの新作『われらが背きし者』(岩波書店)の書評も掲載されている。ル・カレが岩波書店とは! 評者は井波律子、その書評のラストが「世界は深い謎に包まれていると実感させられる、文字どおり上質のエンターテインメントである」と結ばれている。
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