先月イギリスのスパイ小説作家ジョン・ル・カレが89歳で亡くなった。松浦寿輝が「追悼ジョン・ル・カレ」を発表した(朝日新聞2021年1月16日)。
松浦はイギリス「純文学」界の雄であるイアン・マキューアンの言葉を引く。「ル・カレの小説になぜブッカー賞が与えられないのか。彼こそ20世紀後半のイギリスが生んだ最重要の作家なのに」と。
続けて松浦が書く。
わたしはその意見に完全に同意する。犀利で繊細で、ときには冷酷きわまる視線で人間性の奥底まで透視し、個人や集団が歴史の現実に翻弄され、それと闘い、それを生き延びてゆくさまを、緻密に組み立てられたプロットによって鮮烈に描き出してみせたル・カレの作品群は、もしこれを「文学」と呼ばないなら何を「文学」と呼ぶのかと言いたくなるような傑作揃いである。
私も松浦の意見に完全に同意する。そして松浦はル・カレの代表作として、『寒い国から帰ってきたスパイ』(ハヤカワ文庫)と『パーフェクト・スパイ』(ハヤカワ文庫)、『ナイト・マネジャー』(ハヤカワ文庫)、『スパイたちの遺産』(ハヤカワ文庫)をあげている。
その『スパイたちの遺産』に対して、松浦は、
スパイたちが背負った負の「遺産」とは、刑事罰の対象となる犯罪(crime)ではなく、永遠に赦しを得られない道徳上の罪業(sin)だからである。
さて、私の押すル・カレ作品である。『寒い国から帰ってきたスパイ』(ハヤカワ文庫)、スマイリー3部作(『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』、『スクールボーイ閣下』、『スマイリーと仲間たち』、いずれもハヤカワ文庫)、そして『パーフェクト・スパイ』(ハヤカワ文庫)としたい。
ル・カレは単なるスパイ小説作家ではなく、SF作家であるスタニスワフ・レムとともに、20世紀を代表する優れた「作家」である。