『仲間とかかわる心の進化』を読む

 平田聡『仲間とかかわる心の進化』(岩波科学ライブラリー)を読む。副題が「チンパンジーの社会的知性」となっており、チンパンジーを対象に、社会的知性の発達を研究した成果を報告している。「はじめに」から、

……社会的知性とは、仲間との暮らし、仲間とのかかわりあいの中で発揮される知性のことだ。「社会的知性仮説」とよばれる仮説がある。ヒトの高度な知性は、社会的な場面で発揮される知性が原動力となって進化した。そう主張する仮説である。ヒトを含めた霊長類の多くの種は、複数の仲間が集団を作って暮らしている。その中で生きるためには、相手に応じて付き合い方を調整していかなければならない。誰がいつ何をしたのか。誰々はどんな性格なのか。社会の中で複雑なやりとりをおこなうには、記憶力、判断力など、高度な知性が要求される。そうした社会的知性仮説の描くシナリオはこのようなものである。

 チンパンジーに2頭が協力しないと食物を取ることができない装置を作って実験してみた。実験に慣れてくると協力して食物を取ることができるようになる。道具を使って食物を取ることもできるようになる。それを子どもが見て徐々に真似し始める。道具を使う技術が子どもに継承される。
 ついで一つしかない食物を取るために仲間をあざむくことができるか実験する。チンパンジーはあざむくことを学び、あざむかれたチンパンジーはあざむき対抗策を採用する。
 母親の育児放棄があり、そのことから派生して幼いチンパンジーへの虐待事件が起こり、攻撃を加えたチンパンジーPTSD様の障害が残ったようにも見えた。

 社会的知性を考えるうえで、3つのポイントを主張したい。ひとつめは、社会的知性が「知性」である、という点だ。知性には様々な側面があるという主張がある。言語的知性、論理数学的知性、空間的知性などである。社会的知性もその一つだ。しかし、一般的には、社会的知性が「知性」として意識されることは少ないのではないだろうか。状況に合わせて、うまく他者と関係をもつ。そのためには、まぎれもなく「知性」が使われているのである。
 2つ目のポイントは、経験と学習が重要だということだ。たとえば、言語や数学が知性の側面であるというのは理解しやすい。そして、こうした知性を伸ばすには、経験と学習が必要だということも十分知っている。(中略)しかし、数学や国語と違って、社会的知性は、テキストを読んで勉強するというのにはなじまない。(中略)やはり、実際に他者とかかわることを通して学ぶことが必要だ。
 3つめのポイントは、社会的知性が進化の産物であるということだ。体も心も、生命の誕生以来、長い進化の過程で形成されてきたものだ。ヒトとチンパンジーは、その生命の歴史を、つい最近まで共有してきた。だから社会的知性においても多くの特徴を共有している。(後略)

 本書のなかで、平田はチンパンジーのことを、「ひとり」とか「ふたり」とか「3にん」と書いている。また具体的には、ミズキとかツバキとか名前で呼んでいる。平田にとって、チンパンジーたちが単なる実験動物ではなく、親しみ深い仲間のような感覚なのだろうか。
「岩波科学ライブラリー」は100ページ余の小さな本だが、学生向けの入門書として手頃な存在だと思う。