木村資生『生物進化を考える』(岩波新書)をやっと読む。分子進化の中立説を説いた進化論の大御所の本をようやく読んだ。発行されてから29年も経つ。評価の高い本だが、いままで敬遠してきた。ダーウィンの自然淘汰論やその後の総合説が気に入らなかったし、木村は分子レベルの突然変異が自然淘汰に関して中立だという説で、何となく近づかないで遠くから見ていた。私は一応今西錦司の進化論に敬意を払ってきたものだから。
案の定、木村が書いている。
……最近、日本では今西錦司博士がダーウィン説や遺伝学に基づく正統派進化論を強く批判し、生物は「変わるべくして変わる」という立場から論陣を張っている。またそれに追随し、これが意味深長な言葉のように考える人も結構いるのは驚きである。しかし、このようなものを科学としてダーウィン説と同列に考えるのは無意味であろう。たとえば、細胞のガン化に対し「起こるべくして起こる」と主張してみても、何の足しにもならぬと同じである。
いまから10年以上前、虫えい学会に参加するために京都大学へ行ったことがある。そこで京都大学の昆虫学の教授と今西錦司の進化論について雑談したことがあった。その教授は今西さんの3代目の弟子にあたる人だったが、今西進化論について、あんなものはおとぎ話ですよとにべもなかった。それで、今西先生の棲み分け論は国際的に評価されているではありませんかと言うと、あれもおとぎ話ですと鼻で笑ったような答えだった。アカデミズムの世界での今西論のそれが定番の評価なのかと思った。
本書は木村の中立説を一般向けに書いている。しかし、中立説は数式が欠かせない。とても難しい。読みながら、半分以上分からなかったのではないか。Wikipediaに「中立進化説」について次のように解説されている。「分子レベルでの遺伝子の変化は大部分が自然淘汰に対して有利でも不利でもなく(中立的)、突然変異と遺伝的浮動が進化の主因であるとする説」。詳しくはWikipediaを見てほしい。
ただ、本書でも「小進化・大進化と種形成」という小見出しに次のような記載がある。
表現型レベルの進化についてよく行われる区分に、「小進化」と「大進化」というのがある。小進化とはわれわれの一生の間に観察できるような集団内(種内)の遺伝的変化を指し、第2章で述べたガの工業暗化などそのよい例である。大進化は新種の形成や種を越えた変化を指すのが普通で、時には、漠然と、表現型的に大きな進化的変化を示す。
「小進化とはわれわれの一生の間に観察できるような集団内(種内)の遺伝的変化を指し」というのは、時間的に短すぎる定義だと思う。キリンの首が伸びたのも、隔絶された地域などで昆虫の亜種や新種が生まれるのも小進化だろう。大進化とは環境の革命的な変化によって生じる種の爆発的な放散のことを言うのではないか。
今西錦司は論理的な主張をするのが苦手で、種は変わるべくして変わるなどと言って正統派進化論者からバカにされている。だが、今西の言いたかったことは、木村の説くような論理的な精密な進化の過程のことではなく、もっと大所的な、「進化」の哲学、原理のようなものだった。大きな地質的変動があったときには、「種は変わるべくして変わる」。そのあとは適応とか中立説の出番になる。いや、私が今西説を解説するなどおこがましいが、今西進化論をおとぎ話だなどと切り捨てるのは早計ではないかと信ずるものだ。
木村も本書で優生学について触れている。進化論は優生学と無関係ではいられないようだ。このあたり少々危険なことのように思うのだが。
河野和男「カブトムシと進化論」(新思索社)が進化論批判で参考になると思う。また、
・奥野良之助「金沢城のヒキガエル」の進化論批判も面白い。
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