小林信彦『四重奏 カルテット』を読む

 小林信彦『四重奏 カルテット』(幻戯書房)を読む。本書は4つの短篇からなっている。それらは同一のエピソード、主人公の今野宏が江戸川乱歩の経営する宝島社で『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の編集長をした前後のことが書かれている。乱歩との交際、宝島社内での揉め事、落ちぶれた校正者として飲酒に耽る元名編集者の老人、そして最後に今野は社内の同僚や後輩に裏切られて新婚早々の身で会社を追い出される。今野宏はほとんど小林信彦のごとくだ。
 連作の形をとっているが、4つの短篇は、1971年、1977年、1991年、2009年に発表されている。40年近くにわたって書き継がれたのだ。裏切りにあった体験の痛切さが偲ばれるとともに、小林の執念深さも窺える気もする。
 小林を裏切ったのはWikipediaによれば、常盤新平や宇野利泰らしい。常盤新平直木賞作家だし、宇野はル・カレなど早川書房のミステリの翻訳者だ。もっともこれもWikipediaによれば、宇野は大久保康雄同様翻訳の下請けを活用していたらしい。無名の翻訳者たちを雇って訳したミステリなどを、宇野や大久保の名前で出版するのだ。ナボコフの『ロリータ』は昔大久保康雄訳で出版されていた。出版直後丸谷才一が書評で翻訳がひどいと書いたら、ずいぶん経ってから大久保から丸谷に手紙が届いて、あれは自分の翻訳ではないと弁解していたという。
 小林の文章は巧みとは言いかねる。人物たちの関係が十分に説明できていない気味がある。会話においても誰が発話しているのか分かりかねるところもあった。私が読み下手なのだろうか。
 以前、小林の『日本橋バビロン』を読んだことがあったが、本書がやっと2冊目だった。

四重奏 カルテット

四重奏 カルテット