小林信彦『私の東京地図』を読む

 小林信彦『私の東京地図』(ちくま文庫)を読む。小林信彦は東京都中央区日本橋で生まれた。それは現在の地名で、1971年に地名が変更される前は両国と言った。隅田川を挟んだ今の両国は東両国だった。役人は地名の成り立ちを知らないからわけのわからぬ町名にすると小林が怒っている。
 本書は小林信彦が、自身が生まれ育った東京を歩いて紹介するという企画で「私の」東京地図となっている。これが意外と面白くなかった。同じ題名の本が佐多稲子にもあるが、これは名著に属するだろう。いや佐多と比較しては小林がかわいそうなのかもしれないが。
 何が違うのか。小林では「私の」体験したエピソードがいかにも表層的なのだ。本当に深く自身の体験した事柄に触れていないのではないか。あの街でこの街であんな経験をしたこんな経験をしたと書かれてはいるが、わざわざここに書くようなことかと思えてしまう。
 作家がどこの店がおいしいとか書くべきではないと言っている。そしてその通り何がおいしかったと書いても決してその店名を記さない。それは一つの態度だろう。だがその店が入っていたホテル名は出している。新宿京王プラザホテルの中華料理店「南園」はうまかった。西新宿のセンチュリーハイアットの「翡翠宮」という医食同源チャイニーズには今も通い続けている。深川のホテルイースト21に泊まりに行った。

 二階の中華料理屋は、新宿の京王プラザホテルの「南園」華やかなりしころの味を受けついでいる。京王プラザに名シェフが複数いたころの味が残っているのは、細いソバでわかる。
 そう言うと、女子店員がにっこりして、シェフは「南園」にいた方です、と言う。

 渋谷の東急文化会館の跡地に「渋谷ヒカリエ」ができたことを記し、ブロードウェイミュージカルを上演する「東急シアターオーブ」がオープンすると書く。

 劇場以外のビル内を一応歩いてみたが、ぼくにはアメリカン・ファーマシー(むかし日活国際ホテルにあったドラッグストア)がなつかしく、耳栓を買った。

 そうか、アメリカン・ファーマシーがあるのか。ちょっと懐かしい。
 以前、小林の『四重奏 カルテット』を読んだときも、「小林の文章は巧みとは言いかねる。人物たちの関係が十分に説明できていない気味がある。会話においても誰が発話しているのか分かりかねるところもあった」という印象をもった。まあ、ケチをつけるのはこのくらいにしておこう。



私の東京地図 (ちくま文庫)

私の東京地図 (ちくま文庫)