池内紀『東京ひとり散歩』を読む

 池内紀『東京ひとり散歩』(中公新書)を読む。2007年から2008年にかけて雑誌『中央公論』に連載したもの。さして期待しないで読み始めたが、大変おもしろかった。東京の25の地域を歩いて、それを紹介している。
 日本橋兜町東京証券取引所を見学する。証券会社の立ち並ぶ街を見て歩く。昔株式仲買人の小僧だった池波正太郎に思いを馳せる。正太郎=正どんは、相場でもうかったときは泰明軒で洋食を食べたらしい。
 向島東向島駅はもと玉ノ井駅荷風の『墨東綺譚』の舞台だった。その玉ノ井は今は「いろは通り」と名前が変わっている。滝田ゆうの『寺島町奇譚』も重ねてこの街を歩く。
 虎の門愛宕山周辺は森ビルが多い。愛宕山に隣り合った青松寺の山門の左右に森ビルの二つの塔が建っている。青松寺の墓地には肉弾三勇士の銅像の片割れが隅っこに置かれている。青松寺といえば、銀座にあった愛宕山画廊はもともと青松寺の土地の一角にあった。それが土地をめぐる詐欺事件に巻き込まれて愛宕山を追われ、銀座に移ったのだった。
 東京のソープのメッカ吉原を紹介する章では、桂文楽の落語「明烏(あけがらす)」と古今亭志ん生の「付き馬」を持ってきて、巧妙にも直接に風俗街を語ることを避けている。まあ、「入浴料」が70分2万円、100分3万円くらいのことには触れているが。一応『中央公論』連載なので品を落とすことは許されない。
 浅草橋では人形問屋のほかに様々な卸業者が並んでいると驚いている。特化しているそれらは「紐」「花火」「風船」「ウレタンとゴム」など看板が掲げられている。ほかにも「タオル」「鈴」「袋物金具」などというのもあった。
 東京駅前の八重洲地下街の紹介も興味深いものだった。「小さな町だが、とにかく何だって揃っている。(中略)欠けているとしたら、葬儀屋ぐらい……。」
 代官山の「代官山ヒルサイドテラス」がすべて当地の元地主である朝倉不動産が槙文彦設計で30数年かけて完成させた街であることを初めて知った。
 こんな調子で東京の街々が語られる。読みやすい文章で、失礼ながら池内紀を見直した。(父さん、また上から目線でえっらそうだね)。


東京ひとり散歩 (中公新書)

東京ひとり散歩 (中公新書)