読売新聞の書評欄のコラム「ポケットに1冊」にジョン・ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』が取り上げられている(5月6日)。
……4月に「裏切りのサーカス」のタイトルで公開された映画に合わせ、英情報部を舞台にした1974年のスパイ小説の傑作が新訳で登場した。
情報部を引退したスマイリーはある日、組織内に潜むソ連の二重スパイ「もぐら」を見つけ出すという極秘任務を与えられる。膨大な資料を調べ、スマイリーは"獅子身中の虫"を追い始める。
本書はスマイリーを主人公にした3部作の1作目。翻訳者は、3部作の『スクールボーイ閣下』『スマイリーと仲間たち』など、ル・カレ作品を数多く手がけた村上博基さん(76)だ。(後略)
池澤夏樹は『池澤夏樹の世界文学リミックス 完全版』でやはりル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』を取り上げている。
イギリスの情報部に入り込んだソ連のスパイを捜し出すというのが基本のストーリー。これもジェイムズ・ボンドとは無関係な、地味で、理詰めで、だけど人間的要素にあふれた話だ。そしてものすごく緻密。
すべてのスパイは二重スパイになる、という寝返りの法則がある。イギリスはソ連の内部に秘密の情報源を持っている。こちらからゴミみたいな情報を流すと、向こうからは金塊のような情報が来る。
しかし、ある時点からイギリス情報部のトップは何かおかしいと思う。向こうから来るのが実は金メッキしたゴミで、こちらからは大事なものが流出しているのではないか? こちらの幹部の中に向こうに通じた者がいるとしか思えない。
そこまで考えたところでそのトップは老齢で亡くなってしまう。乞食(ベガマン)と呼ばれた一人が、組織を追われた後、ある事件をきっかけに、こっそり捜査を始める。もちろん彼は敵のスパイではない。彼の名はジョージ・スマイリー。もう70歳にもなる、背の低い、小太りの、さえない男。
追放された彼は本部に出入りできない。しかし、かつての部下の中には彼を絶対に信頼する者がいて、一緒に動く。職を賭しての協力だ。
どこから情報が漏れているかを知るために、ある特定の情報がどの時点で誰に入手可能だったかを解析する。過去の事件についてのファイルは持ち出し禁止だから、盗むしかない。徹底的な機密管理をしている組織からファイルを盗むのは容易ではない(コンピュータでいえばハッキングだけど、あの頃はまだ紙のファイルの時代だった)。(中略)
何十人も登場する人物の性格描写のうまさ、ロジックの網と罠、ロンドンのさびれた雰囲気、愛し合っているのに彼を裏切って情人を持つスマイリーの美貌の妻。(後略)
ついでソ連崩壊後に書かれたル・カレの『ナイロビの蜂』についても、池澤夏樹はなかなかいいと書きながら、
だけど、水を差すわけではないが、何かが足りない。ジョン・ル・カレの最高傑作は『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』に始まる「スマイリー3部作」だが、それに比べるとこのアフリカ物は底が浅いという気がする。
何が違うのか?
この2作の間に冷戦が終わった。ソ連という国がなくなり、東西の対決がなくなり、スパイ小説は枠組みを失った。
スマイリー3部作がル・カレの傑作で、冷戦が終わった後のル・カレは低迷しているという池澤の評価は私も完全に同意するものだ。
さて、少し古いが、いしいひさいちも『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』を取り上げている。『COMICAL MYSTERY TOUR 赤禿連盟』(創元推理文庫)から、「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ大作戦」とう4コママンガ。
それでスマイリー、どうやってモグラ(逆スパイ)をつきとめるんだね?
その答えは必ずこの書類綴り(ファイル)の中にあります。
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そのためのわたしの専門スタッフを招集しました。
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★スマイリーと仲間たちは3ケ月間、不眠不休で莫大なファイルと取組んだ。
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みつけました 部長!
え? ファイルをさがすだけだったのかね。

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