柵の中のシェパード

 中学の同級生に湯沢君という友だちがいた。彼の家に遊びに行くと柵の中の大きなシェパードが激しく吠えてきた。柵は高さ1メートルくらいで、犬は今にも飛び越えてきそうだ。だが、湯沢君は、大丈夫、絶対に柵から出ないと言う。小さな子犬の時からこの柵の中で飼っているので、この柵は決して越えられないものだと刷り込まれているという。確かに柵に脚をかけて身を乗り出して激しく吠えているのだが、飛び出してくることはなかった。
 最初の体験は刷り込まれるものだ。若いときにキャバレーでボーイをしたことがあるが、その時叩き込まれたこと、ささいなことだが、空になったグラスを下げるときに絶対にグラスの口へ指を突っ込まないというのがある。必ずグラスの腰を持って下げること。客が不快に思うかもしれないから。口へ指を入れて持てばグラスは一度に数多く運ぶことができる。でもいけないことなのだ。これは今でも自然に守っている。柵の中のシェパードと一緒だ。