青柳いづみこ『ショパン・コンクールよ、どこへいく』(集英社新書)を読む。青柳いづみこはリサイタルも行うプロのピアニスト、そして吉田秀和賞という音楽評論の最高峰の賞を受賞している。青柳がピアノ演奏について評論するというのはこれ以上ない最適な執筆者だ。
本書は2025年の第19回ショパン・コンクールの詳細をレポートしている。予備予選から始めて1次予選、2次予選、3次予選と経過を追い、ファイナルまで詳しく紹介している。何と言っても青柳はピアニストなので、演奏曲の組み合わせからそれを選んだことの是非、コンテスタント(コンクール参加者)の資質(ロマンティックか、ノイエ・ザッハリヒカイトか、リアル・ショパンを追求する18世紀か)のいずれか、指使い、また採点方式の変遷なども語られる。
審査員の採点も公にされるので、意外と採点がばらけていることが分かる。青柳が高く評価したコンテスタントが早い段階の予選で落選したり、その逆もあったりしている。
1980年のコンクールでは、ポゴレリチが第3次予選で落ちてしまい、審査員のアルゲリッチが憤慨して審査員を下りてしまった事件があった。この時優勝したのがダン・タイ・ソンだった。
青柳は日本のコンテスタントのうち、中川優芽花と中島結里愛に注目する。しかし中川は第2次予選で選に漏れ、15歳の中島は第2次予選に進めなかった。
審査員たちの採点を見てみれば、同じコンテスタントに最高点を付けたり、最低点だったりしている。その総合で最終的な点数が決まってくる。以前、日本の若手画家たちのVOCA展の審査でも感じたことだが、癖の強い画家は高い総合点を得られない。ポゴレリチもそうだったんだろう。
ということは、過度に優勝者にこだわることなく、仮に予選落ちしたとしても、それだけで評価を下げることなく、こまめに聴いていくことが大事なのだろう。優勝というのもある種水ものだと思って。
