青柳いづみこ『ショパン・コンクール見聞録』を読む

 青柳いづみこショパン・コンクール見聞録』(集英社新書)を読む。2021年に行われた第18回ショパン国際ピアノコンクール、そのコンクールを現場で見て聴いた青柳いづみこの臨場感あふれる報告書。青柳は現役のプロピアニストで演奏会を繰り返していて、しかも吉田秀和賞を受賞しているプロの音楽評論家。とくにピアノ演奏に関する演奏会評は並ぶ者がない。ピアノ奏法に関して、指使いに関して、音楽表現に関して、普通の音楽評論家にはとうてい及ばない専門的なところにまで踏み込んで評している。ショパン・コンクールの報告者としてこれ以上ないだろう。

 第18回ショパン・コンクールでは、優勝がブルース・リウ、第2位が反田恭平、第4位が小林愛美だった。青柳は優勝者ばかりでなく、ファイナリストたちや、ファイナリストに残れなかった者たち、一部の審査員からは高い評価をもらったのに、予選落ちした参加者、審査員ダン・タイ・ソンの弟子たちの動向、等々幅広い参加者(コンテスタントたち)にも目配りして書いている。

 4位になった小林愛美について、本選の協奏曲第1番の演奏を詳しく紹介している。

 

 第1楽章は充実した出だし、第1主題はゆったりしたテンポで、音量を絞りながら、自在にテンポを揺らす。何らかの物語を紡ぐような印象がある。第2主題はインティメートで美しかった。レジェリッシモでテンポを上げるが、クリアネスを保っている。展開部は小さく繊細な音でゆっくり弾かれた。リゾリュートでもテンポを上げすぎず、すべての音を歌う。ハーモニーの変化がよくわかる。テーマの再現は情緒たっぷりに弾かれた。

 第2楽章は、一転して祈りの音楽のイメージ。ナラティブで音が艶やか。フォルテに向けて大きく広げていく。カデンツァはひそやかなオルゴールのよう。オケを装飾する部分も美しかった。

 第3楽章は一転して勢いよく弾き始める。音にも艶がある。副主題は独特のリズム感。つづく3連音符の部分で少し破綻が出た。変ホ長調の部分では音量を絞り、オケを待たせてたゆたう。ところどころオケと合わない部分もあったが、緩急、強弱のコントラストがすばらしく、客席は感動に包まれた。

 

 審査員のパレチニは、「もっと上の順位で良かったと思います」と言っている。本書を読むと、彼女に限らず審査結果が絶対ではなく、別の順位もありえたことが分かる。精神的に耐えられなかったのか最終審査を棄権してしまった者もいる。

 高位に選ばれなかった者たちの中からも優れたピアニストは生まれるのだろう。パレチニの言葉が印象に残る。

 

「コンクールに出場する目的は勝つことだけではありません。本当の“コンクール”がスタートするのはその後です! そのとき良い結果が出なくとも、後から成功する人もいます。勝者はその栄冠を手にするのに相応しかったと証明せねばならず、結果がわかるのは数年後で、成功を語れるのはそれからです」

 

 いろいろ考えさせられることの多い優れたレポートだった。