ギャラリー21yo-jの森岡純展を見る

 東京等々力のギャラリー21yo-jで森岡純展「新宿をこよなく愛したカメラマン」が開かれている(5月25日まで)。森岡純は1949年島根県隠岐島生まれ、2023年に病気で亡くなった。享年74。生前、仕事として銀座などの画廊で開かれる画家たちの個展を記録する仕事をしてきた。そして自分の写真作品の発表も続けてきた。

 森岡の写真はかなり変わっている。決定的瞬間を写したものでもなく美しい風景や人物を撮ったものでもない。電柱の根元とか空っぽの駐車場とか街角の看板だったりする。そのような写真を美術画廊で発表してきた。

 写真関係者は変な風景写真と思い、美術関係者は風景写真を撮っていると思っていた。森岡は田村画廊で個展の記録を続けていたとき、高山登の影響を受けたと語っていた。高山登は「もの派」の現代美術家だ。つまり森岡純は写真でもの派を実行していたと考えると分かりやすい。もの派とは、

『もの派』は、60年代後半から70年代前半に自然物と人工物を用いた作品を制作した作家のグループであった。「もの」をできるだけそのままの状態 で作品の中に並列して存在させることで、それら自体に語らせることを目的とした。それゆえに『もの派』の作家は何かを「創造」するというよりは、「もの」 を「再構築」し「もの」と空間との相互依存的な関係性に注目した作品を作り上げた。そしてある「もの」に対する既存の概念をくずし、「もの」との新しい関 係性を築きあげることに挑戦した。(「TOKYO ART BEAT」より)



 森岡はブローニー判の中型カメラを使って三脚を使わないで手持ちで撮影していた。普通中型カメラは三脚を使わないと手振れをする恐れがある。なぜ三脚を使わないか訊くと、三脚を用意している間に見つけたその感興が消えてしまう。だから手持ち撮影するのだと。

 また大きな写真は印画紙のロールをそのまま使っていた。それを自宅で現像していたが、現像液の温度を室温で確保するために5~6月に現像していると。

 ある日外苑前の画廊で若い女性が写真展を開いていた。私の前にサイン帳に森岡の名前を見つけたので、個展をしている女性に森岡さんは何か言っていた? と訊いた。君の引き伸ばし機は光が均一でなく周辺が落ちているので、覆い焼きをしなさいと言われました。それで私も注意して見たが分からなかった。後日そのことを森岡に伝えると、俺はプロだからねえと言われた。

 森岡純という写真家は日本の写真史と美術史に残るべき重要な作家だと思う。写真と現代美術のはざまで生前あまり評価されてこなかった森岡の仕事をぜひきちんと評価してほしい。今回の個展はその貴重な第一歩だと思う。

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森岡純展「新宿をこよなく愛したカメラマン」

2025年5月15日(木)-5月25日(日)

13:00-18:00(月・火・水曜休廊)

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ギャラリー21yo-j

東京都世田谷区等々力6-24-11

電話03-3703-7498

http://gallery21yo-j.com/