谷川俊太郎『女に』(集英社)を読む。詩が谷川俊太郎、絵が佐野洋子。本書の初版はマガジンハウスからで1991年だった。谷川はこの前年1990年に佐野洋子と3回目の結婚をしている。この時谷川は59歳、佐野は2度目の結婚で52歳だった。
『女に』は佐野と結婚して翌年に発行された。詩集の最初から最後まで幸福な結婚生活が綴られている。
未生
あなたがまだこの世にいなかったころ
わたしもまだこの世にいなかったけれど
私たちはいっしょに嗅いだ
曇り空を稲妻が走ったときの空気の匂いを
そして知ったのだ
いつか突然私たちの出合う日がくると
この世の何の変哲もない街角で
血
星空と戦って
あなたが初めて血を流したとき
私は時の荒れ野に
種子を蒔くことをおぼえた
そうして私たちは死と和解するための
長い道のりの第一歩を踏み出した
これは初潮と初めての精通を詠んでいる。
会う
始まりは一冊の絵本とぼやけた写真
やがてある日ふたつの大きな目と
そっけないこんにちは
それからのびのびしたペン書きの文字
私は少しずつあなたに会っていった
あなたの手に触れる前に
あなたの魂に触れた
谷川が最初に佐野を知ったのは、佐野の絵本とそこに載っていた佐野の写真だったのだろう。
そして性愛の詩が続く。
指先
指先はなおも冒険をやめない
ドン・キホーテのように
おなかの平野をおへその盆地まで遠征し
森林限界を越えて火口へと突き進む
唇
笑いながらできるなんて知らなかった
とあなたは言う
唇はとても忙しい
乳房と腿のあいだを行ったり来たり
その合間に言葉を発したりもするのだから
後生
きりのないふたつの旋律のようにからみあって
私たちは虚空とたわむれる
気まぐれにつけた日記 並んで眠った寝台
訪れた廃墟と荒野 はき古した揃いの靴
地上に遺したわずかなものを懐かしみながら
しかし二人は数年後に別れる。
佐野の描いたイラストの男は頭が禿ている。はて、谷川俊太郎って禿だったっけ?