残飯をあさるということ

 朝通勤の途中で自動販売機の横に設置されている空き缶の回収箱をあさっている男がいた。とくにみすぼらしい格好でもなく、地味な感じでまあサラリーマンではないと思った程度だ。アルミ缶などを回収して屑屋に売るのかなと思ったら、缶を振って中身を確認し、わずかに残っているコーヒーなどの残りを飲んでいた。ホームレスが残飯をあさっていたのだった。それにしてもわずかにしか残っていないだろう空き缶の中身をすするとは!
 しかし、その時自分の昔の体験を思い出した。20歳のころキャバレーでボーイをしていたことがある。大きなキャバレーでホステス700人、ウエイター70人、メンバーが70人もいた。ウエイターが酒やつまみを運び、メンバーが客の要望に応じてホステスを差配する。けっこう高いキャバレーで、入店すると客にセットが運ばれる。セットはビール1本か日本酒1合につまみの乾きものが付く。ビールは小瓶。これで47年前2,200円だった。現在なら1万円を超えているだろう。1本のビールが終ればすぐ次のビールを出すようにしていた。その追加のビールも2,000円だった。出されたビールはほとんど空にされるが、時々残したまま帰る客があった。3分の2以上残ったビールはボーイたちが厨房に取っておいた。
 仕事が終わったあと、われわれは小瓶に残ったビールを分け合って飲んだ。残ビアーと名付けて。時間が経って、もうぬるくなっていたが、残ビアーはうまかった。いや、だから空き缶の底に残ったコーヒーの残りを飲んでいたホームレスのことを私に後ろ指なんか指す権利はない。たぶんうまいのだろう。
 戦後の闇市では残飯が売られていて、米軍放出の残飯を食べていると、まれにコンドームが入っていたなんてことを当時の記録で読んだことがあった。空腹は最大の調味料なんて言葉もあったし。
 以前Chim↑Pomの水野さんがヒロミヨシイギャラリーの、ギャラリー内に作った小屋でカラスやネズミと2週間ほど過ごすというパフォーマンスをしたことがあった。その間一切外に出ることなく密閉された空間で過ごしていた。食料は仲間がどこからか拾ってきた残飯を食べて。その水野さんの日記を見せてもらったことがあった。そこには「もって来たゴミがものすごくおしっこくさい。もう少しえらべないものか」と書かれていた。仲間が拾ってきた残飯は渋谷センター街に捨てられていたハンバーガーだった。それがおしっこ臭かったという。人はなんでも慣れることができるのだ。