笹木繁男『戦後美術の断面』が発行された


 笹木繁男『ドキュメント 戦後美術の断面 作家の足跡から』が発行された。副題が「空爆の焦土から立ち上がった美術―大観、フジタ、龍子、梅原龍三郎から靉光松本竣介中村宏までの70名―」というもの。戦前から戦後にかけて活躍した日本の画家・彫刻家70名を取り上げて、基本的な年譜から画家のエピソードまで詳しくおもしろく書かれている。笹木は「新しいスタイルの年譜」と自称しているが、その試みは成功していて本当におもしろい。
 本書のサイズはA4判、カラー口絵が32ページ、図版が279点も掲載されている。本文は2段組みで455ページ、口絵と併せて495ページという大著だ。単純に割り算しても、作家一人あたり400字詰め原稿用紙で平均35枚も充てている。まさに戦後美術家の百科事典、伝記の集大成とも言えるほどだ。これ1冊あれば、主要な作家の伝記は間に合うだろう。笹木は「掲載作家すべての戦前・戦中期の出品展覧会、作品をほぼ完全に捕捉しました」と書いている。資料的にもきわめて充実している。今後近代日本美術史を語るうえで必須資料となるだろう。
 藤田嗣治に関しては例外的に28ページも充てているが、それでも書き足りなくて、詳細は来年発行を予定している『藤田嗣治 その実像を求めて』と題する書籍に書くという。そこでは藤田に関する新しい事実も明かされるらしい。
 藤田以外にとくに充実しているのが、笹木が早くから注目し調査研究していた草間弥生上前智祐だ。上前は、ここ数年やっと見直されてきた94歳になる具体美術協会の画家だ。2012年ロスアンゼルス現代美術館をスタートしアメリカ各地を巡回する企画展に日本から白髪、嶋本とともに選ばれた3人のうちの一人なのだ。日本ではほとんど知られていなかった上前と、笹木は早い時期から親交を結んできている。上前については20ページを充てている。また草間についても16ページととても詳しい。最近文化勲章を受章した野見山暁治についてもインタビューし、なぜボタ山に惹かれたか聞き出している。
 このように重要な画家はほとんど網羅されているかに見えながら、笹木は20名ほどが欠落していると「はじめに」に書く。それは安井曾太郎小磯良平東郷青児、利根山光人等々であるが、本書が教科書ではなく、笹木という個性の強い在野の研究者の著書であることによるのではないか。世間の価値判断に安易に従うことなく、主観的な基準で作家を選定しているように見える。それは笹木の批評精神の表れなのだろう。
 一つだけ不満を述べると、本書の発行部数はわずか300部で、売り切れても増刷は考えていないということだ。1冊6,000円と決して安価ではないが、これだけ貴重な情報が詰まった基本文献だから早々に売り切れてしまうだろう。絶版ののちAmazon等で高値がつくのは目に見えている。
 また本書は笹木の自費出版で、書店では扱っていない。注文は笹木あてにメールで申し込むようになっている。定価6,000円のほか送料が360円となっている。消費税は不要。笹木のメールアドレスは、
sasaki-azuma★tbz.t-com.ne.jp (★を@に変えてメールする)。
 早めに注文されることをお勧めする。