藤田嗣治の戦争画「アッツ島玉砕」は毀誉褒貶のある作品だ。批判する意見も多い。だが菊畑茂久馬は絶賛している。『絵かきが語る近代美術』(弦書房)より
……この絵は何度見ても美しい。どこか夢見るような詩情漂う絵、地獄の殺戮図でありながら、宗教画を見るような荘重な気持ちにさせられる。藤田の戦争画の中で最も優れた絵だと思います。
アリューシャン列島の先端の小島、1年中氷にとざされたツンドラの島、この小島に山崎保代大佐以下2500余名の守備隊がいた。昭和18年5月21日、アメリカ第51機動部隊は、空母1、戦艦3、駆逐艦7、第7師団1万数千人の大部隊でこの豆粒のような小島に襲いかかってきた。日本軍守備隊は死闘の果てについに全員が玉砕した。日本最初の陸地での玉砕戦でした。(中略)
「アッツ島玉砕」の絵は、玉砕が昭和18年の5月29日ですが、藤田は8月8日から制作にとりかかり、8月29日の月命日に完成させ、9月1日からの国民総力決勝美術展に出品している。この大画面をわずか20日あまりで描き上げるとは尋常ではない。なにしろ、食卓に座らずに、にぎりめしをつかんで頬ばりながら、アトリエにとって返したというから、日も夜もない激しい制作だったことはうかがえます。
しかしそれにしてもこの絵は、藤田が落ち着いている。沈鬱なほど瞑想的です。発表当時から圧倒的な賞賛を浴びたようですが、戦後になって、もう描かれて60年近くになりますが、評価は動かしようがありません。どんなイデオロギーをぶっかけても評価は動きません。藤田はたくさんの戦争画を描きましたが、私はこれ1枚でいいなあと思います。
「アッツ島玉砕」は東京国立近代美術館の常設に時々展示されている。