梯久美子『百年の手紙』を読む

 梯久美子『百年の手紙』(岩波新書)を読む。副題が「日本人が遺したことば」で、20世紀の100年間に日本人が書いた100通あまりの手紙を紹介している。最初に置かれたのが田中正造から明治天皇への直訴状だ。足尾銅山鉱毒を訴えている。ほかには、幸徳秋水から堺利彦へ、中国戦線で亡くなった映画監督山中貞雄の遺書、硫黄島で玉砕した市丸利之助少将からルーズベルト大統領にあてた手紙、終戦直後に昭和天皇から皇太子へあてた手紙、夫婦や恋人同士の手紙、親から子への手紙、正岡子規から夏目漱石へ、そして死者からの遺書と弔辞など。
 強く印象に残った手紙。シベリア抑留中に亡くなった山本幡男の遺書は戦友たちが手分けして暗記し、長文の遺書を遺族に伝えた。なぜ暗記して伝えたのか?

 遺書を記憶して届けるという方法を考え出したのは山本自身だった。やっと帰国が決まっても、書いたものを持ち帰ろうとしているのが見つかれば、また収容所に送り返されてしまう。山本のいた収容所には、遺族に知らせようと死亡者の名簿を眼鏡のつるに隠していたのを帰国の船に乗る寸前に見つけられ、重労働25年の刑を受けた医師もいた。そうした危険を冒させまいとしたのだ。

 遺書を暗記するというこの方法は、ブラッドベリの『華氏451度』を思い出させる。焚書の未来世界で、本を愛する者たちが手分けして本を暗記するというSFだった。
 それにしても、長い抑留生活がやっと終わって、帰国の途につく寸前に捕まり、再度重労働25年の刑を与えられた医師の気持ちが哀れでならない。
 そのほかの手紙も興味深く読んだ。ただ1通の手紙につき2ページ前後と短いのと、著者の梯に多少感傷的な気味があることが気になった。
 本書にしろ、成毛眞『面白い本』など、最近の岩波新書はずいぶん軽くなったものだ。岩波新書だったら、もうちょっと重くてもなどと思ってしまう。この路線は椎名誠を入れた辺りからか。そういえば、以前岩波書店の経営の悪化が囁かれていたことを思い出す。そんな状況で営業部の発言力が大きくなったのだろうか。



百年の手紙――日本人が遺したことば (岩波新書)

百年の手紙――日本人が遺したことば (岩波新書)