佐藤優責任編集「現代プレミアーーノンフィクションと教養」(講談社)で佐野眞一がこう発言している。
佐野 でも、僕はノンフィクションは必ずしも移ろいやすいとは思わない。移ろわない作品という意味で、開高健の最高傑作ノンフィクションは対談集の「人とこの世界」だと思います。大岡昇平、石川淳などうるさ型に対して、さすがの開高も緊張している。そのおかげで、贅六的な鼻持ちならない彼の大坂人気質が削ぎ落とされている。
そんなことを聞いたら読まずばなるまい。実に面白かった。ほぼ40年前に河出書房の雑誌「文芸」に連載されたものらしい。私は広津和郎との対談がとくに良かった。ほかにきだみのる、武田泰淳、金子光晴、今西錦司、深沢七郎、島尾敏雄、古沢岩美、井伏鱒二、田村隆一が登場する。
井伏鱒二に「白毛」というエッセイがある。「敗戦直後の頃に井伏氏が疎開先の谷川で魚を釣っていたら二人の不良につかまって頭の白毛をテグス代わりだといって無残にぬきとられたという話である」。
開高 あの白毛の話はほんとですか?
井伏 いや、あれはこさえたんです(笑)。
開高 かねがね一度お聞きしてみたいと思ってたんです。安心しました(笑)。
井伏 ほんとだといわなければ面白くないだろう(笑)。
私は実話だと思っていた。開高は井伏を高く評価しているが、それが買い被りだということは猪瀬直樹「ピカレスク 太宰治伝」(文春文庫)を読めばよく分かる。
さて、古沢岩美画伯が面白いことを言っている。
古沢 おれはいちいちタブロオには描かねえけど、毎日毎日、何十枚って分量をデッサンしてるんだ。運動選手みたいなもんでね。絵描きも手が死んじまっちゃだめなんだ。ひっきりなしに手や指を動かしてないといけない。ウォーミング・アップっていうのかね。それだよ。バレリーナの足みたいなもんだ。いつか岡本太郎と画のことで大議論をはじめちまったことがあったんだが、おれは太郎に、何だ、おめえは口ばかり達者で、ろくにデッサンもできやしねえじゃねえか。くやしかったらギロンをやめて一枚見せてみろって、いってやったんだ。それっきり奴はだまってしまったけどね。
的確な岡本太郎評だ。岡本の巨大壁画「明日の神話」が渋谷駅の通路に展示されている。ただ巨大なだけで無残なものだ。同じ原爆を描いたものなら、先月千駄ヶ谷の秋山画廊で見た中井恒夫の映像作品「東京原爆」の方が何十倍も印象深かった。床に東京の地図が写し出され、壁面に原爆のきのこ雲が上っていく。床の地図は赤い薔薇に変わり、それがドクロに変わる。
開高の「人とこの世界」に戻るが、1970年に河出書房新社から単行本として発行された。内容が面白いのにひどいタイトルだ。これでは売れないだろう。こんな題名を付けているから倒産したりするんだ。(あとがきにも、河出書房が倒れ、再建され、雑誌もしばらく休刊だったことがある、と書かれている)。
私は中公文庫で読んだが、いまはちくま文庫で出ているようだ。
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