晶文社編集部 編『吉本隆明全集月報集』(晶文社)を読む。38巻の全集に毎回月報が付録で入っている。そこに吉本の関係者がエッセイを寄せていて、それを1冊にまとめたもの。62人がそれぞれ興味深い吉本隆明像を語っている。
田中和生が語っているのは、小熊英二が戦争中の死者に対する「罪責感」を強調して批判的に吉本隆明を論じていることへの反論として、吉本が抱えていたまったく異なる「罪責感」のあり方として、1945年の敗戦時に吉本が「突出した戦争賛美者でもなければ突出した戦争反対者でもなかったと自己認識していた」にもかかわらず、敗戦後になって次々と「戦争反対者」として語りだした知識人とは違って、損であることを知りながら「戦争賛美者」であったことを引き受けて語りだしたのだった。
だとすれば、1957年に纏められた『高村光太郎』で読者が読んできたような、自分が熱烈な天皇主義者だったという内容は真実の告白ではなく一種の虚構であり、その虚構から「吉本隆明」という書き手の言葉ははじまっている。これはそれ以降の吉本論が避けることのできない、吉本像の真実に影響する重要な指摘だと感じたと、田中和生は書いている。
荒川洋治は吉本が詩と散文の区別を語るとして、『詩学叙説』のなかの言葉を引いている。
言語の〈意味〉よりも〈価値〉に重点を置いて描写されるものを「詩」と呼び、〈価値〉よりも〈意味〉伝達に過剰に置かれた描写を散文と呼ぶというほかないとおもえる。
多くの人の吉本隆明についての思い出を読むことで、改めて吉本の多様性が見える。やはり吉本をきちんと読まなければならない。
