なだいなだの最後の辛口エッセイ「最後の失言」

 6月6日、なだいなだが亡くなった。なだは筑摩書房のPR誌『ちくま』に長年辛口のエッセイ「人間、とりあえず主義」を連載していて、私も愛読していた。同誌には佐野眞一もエッセイを連載していたが、橋下徹に関する週刊朝日問題で連載を降りたので、辛口エッセイの2点がこれで『ちくま』から消えてしまった。その最後のなだいなだのエッセイが「必然の失言」と題されて6月号に掲載された。
 タイトルは橋下徹大坂市長の従軍慰安婦に関する発言を指している。

 米国務省報道官が、従軍慰安婦をめぐる彼(橋下徹)の発言を聞いて、批判的な発言をした。しかも国務省報道官としては、例外的にかなり感情的な表現だった。
「異常な発言で不愉快だ。国務省に働く全員が不愉快に感じただろう」
 それに対し、コメントを求められて、かれの返した言葉は、確かに相手の痛いところを突いている。
「批判は非常に光栄だ。だが、いい機会だ。アメリカも、自分のしていること、これまでしてきたことを考えてみたらどうだろう。アメリカの国務省の全員が沖縄に来て、今、自分がやっていることをよく見てみたら」
 まるで、ぼくがいいそうなことだ。それをかれがいってしまう。ぼくがいいそうなことなので、かれの言葉をぼくなりに多少変形したかもしれない。

 なだは、「ぼくは、かれが悪役で売り出すべきだったと思う」と言う。

 かれは、大学を卒業して弁護士になった直後から、商工ローンという、簡単にいえば、貸金業の顧問弁護士になることで、成功している。借金取り立ての裁判、あるいは高金利による利息取り過ぎを争う裁判で、貸し方の立場で弁護し、連戦連勝。それでもうけたということ。ほとんど同時に、大坂の有名な元赤線地帯である飛田新地の料理組合、つまり風俗営業団体の顧問弁護士も引き受けている。「米軍よ、沖縄の風俗営業をもっと活用したら」と、地元米軍の司令官に提言しているのは、その感覚だろう。

 なだは、戦争時代は、貧困の時代だった、格差の時代だった、貧困のためにわが子を売った、と書く。お金が手に入ったと喜んだ親がいたか、と。

 女性を性商売のために売ることが、しばしば行われた時代だった。ことに東北はほぼ定期的に冷害に見舞われ、そのために農村部では、家族を救うために犠牲にされた女性も多かった。売春は違法ではなかった。だが、そこで働く女性たちが、喜んで売春していたわけではない。逃げたいが、店に雇われた暴力団に監視されていた。逃げても連れ戻された。売買で連れてこられたにしても、拉致とほとんど変わりはない。

 敗戦はそういう戦争の時代が終わったことを意味すると、なだは続ける。敗戦でその時代の支配者たち、天皇直属として威張る軍人が追われた。追ってくれたのが、アメリカを中心にした連合軍だった。

 日本人の手で追い出されていたら、一番よかったのだ。戦争が終わったことを、一番喜んだのが日本人だった。そのことは戦後の日本文学によく書かれている。歴史教科書より、小説でも読めよ。

 橋下は商工ローンの顧問弁護士をしていたのか! 商工ローンは極めて悪意ある高利貸しだった。最初から担保を取るのが目的で、経営者の個人資産を担保に取り、経営者の親戚・友人まで連帯保証人にして融資をしていた。その結果、経営者ばかりか親戚・友人まで破産させて、親戚付き合いや友情まで破壊したのだった。どんなに立派なことを言ってもやっても、商工ローンの弁護士をしていたのなら、人として許されることことはないだろう。
 いや、なだいなだが亡くなってしまった。この人の辛口のエッセイがもう読めない。


マスコミの相撲協会叩きへのなだいなだ氏の意見(2010年9月10日)