黒井千次のエッセイ集「時代の果実」がとても良い

 黒井千次のエッセイ集「時代の果実」(河出書房新社)がとても良い。ここ15年ほどに書いたエッセイをまとめたものらしい。3部に分かれているが、最初の章は「人生の収穫」と題して、若い頃の思い出やその頃読んだ本などのことが語られる。
 白眉なのは2番目の章で「回想の作家たち」と題して21人の作家たちを追悼している。この追悼文がとても良いのだ。黒井千次が誠意の人であることがよく分かる。
 埴谷雄高について、

 吉祥寺のお宅にお別れに伺ったのは、春一番が吹き、それが午後にはいって厳しい北風へと変った寒い日だった。夕空は高く晴れていた。埴谷さんのいない空だと思った。

 田所泉に対して、

 眠れ、といっても素直には眠らぬ君であるかも知れぬ。もしそうなら、いつまでも眼を開いて残った俺達を見ていてくれ。
 まだ出来るよ、まだ終りではないよ、と呼びかける君の声が聞こえて来る限り、我々も生きる仕事を続けなければならない。
 田所、最後に君にかけるべき言葉が見出せない。さよなら、は言いたくない。
 一緒に生きたよな、と呼びかけたら、君はあの笑いを浮かべて頷いてくれるような気がする。
 ……一緒に生きたよな。

 ほかに、大岡昇平篠田一士阿部昭野間宏遠藤周作、石和鷹、中村真一郎佐多稲子後藤明生田久保英夫日野啓三中野孝次水上勉吉村昭、大庭みな子、小川国夫、上田三四二加藤周一三浦哲郎が追悼されている。
 3番目の章が「読書のすすめ」という書評集だ。高井有一立原正秋」について、「これは評伝とはいえ、その枠を溢れた一つの作品である」と書いている。私も20年ほど前に読んだが、優れた評伝であると強く印象に残っている。
 野見山暁治の「四百字のデッサン」など、全部で30冊が紹介されているが、9冊も読みたい本ができてしまって困ってしまう。


時代の果実

時代の果実