井上ひさし作「ムサシ」を映画で見て

 昨年亡くなった井上ひさしの最後から2番目の芝居「ムサシ」の評判がとても良かった。でも芝居は料金が高いから見に行かれなかった。非常に残念に思いながら。それが知らない内に映画になっていた。舞台をそのまま撮影しているのだ。演出はもちろん蜷川幸雄だ。蜷川が井上ひさし清水邦夫の芝居を演出すると必ず傑作になる。
 映画「ムサシ」は築地の東劇で上演されていた。舞台そのままらしいので上映時間は3時間半もある。それで料金も2,500円だった。映画としては高いが、芝居を見たらこの4倍前後するだろう。
 武蔵が小次郎と決闘する。吉川英治の小説ではこの時小次郎が死んだことになっている。「ムサシ」では、武蔵がとどめををささず小次郎は手当の結果回復するという趣向になっている。そして6年後、小次郎は武蔵の居所を突き止め再度決闘を申し込む。井上ひさしのテーマはこの復讐の連鎖をどうしたら断ち切ることができるかだ。
 武蔵と小次郎の決闘に、井上はもう一つの仇討ちを重ね合わせる。粗筋だけ書けばシリアスな芝居だと思うが、そこは井上ひさし、面白くおかしく分かりやすく作っていく。刀を握ったことのない商人たちに仇討ちのため剣術を教えるシーンでは、皆がタンゴを踊り始める。台詞も面白く、井上が言葉の天才であることが確信できる。ほかのどんな劇作家もこうは書けないだろう。
 この難しいテーマを井上ひさしはどんな風にまとめるのか。「ひょっこりひょうたん島」や「父と暮らせば」と共通の手法が使われる。本当に優れた劇作家だった。たった一つごく小さな不満は、終始寺の裏手で風に揺れている竹藪の竹の不自然な揺れ方だった。竹は強風の時は別にして、あんな風に個々バラバラには揺れないものだ。全体が集団としてゆっくり揺れている。
 その日、朝からちょっとしたアクシデントがあって、映画を見る前は少しばかし荒んだ心だったのが、「ムサシ」を見終わった後は幸福感に包まれて映画館を出たのだった。

ムサシ [DVD]

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