淀川長治と蓮實重彦の映画対談がおもしろかった!

 現行の雑誌マリ・クレール以前に別のマリ・クレールがあった。中央公論社から発行されていた。男性読者の多い女性誌と言われていた。編集スタッフに安原顕がいた。当時の雑誌を2冊保管している。いわゆる永久保存版だ。
 1冊は1990年7月号「映画特集」もう1冊は1991年3月号「短編小説特集」だ。特に映画特集号は傑作だ。蓮實重彦淀川長治の対談を巻頭に置き、これが秀逸だった。すばらしい対談! 12ページも充てている。実はこれによって初めて淀川の偉大さを認識したのだった。それまで淀川のことは日曜映画劇場か何かの軽薄な解説者「サヨナラサヨナラ」と消えていくおじいさんとだけ思っていた。
 蓮實は東大仏文の教授、ポストモダンの難解な文学評論家、およそ格が違う。ところが対談で蓮實は淀川を持ち上げる、はっきりと尊敬している。淀川も蓮實を尊敬し、ときどき軽くおちょくったりする。二人が互いを尊敬し合いながら映画についての具体的な対談を延々と続けている。(引用中の「……」は中略)

淀川 この企画はニセ伯爵の計画でしょう(笑)。ちゃんと知っとるのよ(笑)、ぼくの息の根止めてやろうという計画。ヒドイなあ。今日はだからメンソレータム買ってね、包帯用意しとこう思ったの(笑)。……
蓮實 ……でも、ぼくは悪だくみなんてしていません。淀川さんのお話が聞けるというのでとんでまいりました。
淀川 まあまあ、おジョウズなこと。でも、だまされませんよ(笑)。

(中略)
淀川 ニセ伯爵はキツイんだからね。黒澤明さんの「夢」がカンヌのオープニングだけど、あなたは冷たい目で、もうカンヌなんか馬鹿にして、オスカーなんかお便所の紙みたいに思ってるんでしょう。……

(中略)
淀川 ……キューブリックの方は、もう、映画、映画、映画で酔っぱらおうとしてる。そういう幼稚さがないね、タルコフスキーには。
蓮實 「2001年/宇宙の旅」のキューブリックの方が、ずっと映画に対して真剣だと思います。
淀川 そう、よかった、よかった、やっと気があった!
蓮實 と、思いますが。
淀川 また誤魔化す(笑)、ここんとこ大きく印刷して下さいよ、「ニセ伯爵、また誤魔化す」って。しかし、この人はタルコフスキーをまともに褒めんからねえ、絶対褒めんと思っとったよ(笑)。そして、それ、よく分かるの。
 よく分かるから、じゃあ、あなたが褒めそうもない映画言おうか。ジャン=ジャック・アノーの「薔薇の名前」、ぼくはちょっと好きやったけど。
蓮實 役者はいいです、ショーン・コネリー
淀川 キャメラもいいよ。それで監督が弱い、言いたいんでしょう。
蓮實 はい。(笑)
淀川 分かるよ。いや、妥協するのと違う。言われたら分かるのよ。ぼくだって、誰かもっとはっきり教えてほしかったものな。何か気取って、気取って。あれ、一種の「雨月物語」だもんねえ。そしたら溝口健二の方がいいに決っている。
蓮實 なるほど、それは鋭い。淀川さんじゃないと、そうは言い切れませんね。
淀川 また、おだてて誤魔化そうとしている。だまされんよ。(笑)
 けど、何か気取ったり計算したりすると、この人は許さんのね。きついなあ。心配になって、もの言えなくなるよ。タヴィアーニ兄弟言うたら怒られるしなあ。(笑)
蓮實 怒ったりしません。ただ「グッドモーニング・バビロン!」が個人的に好きでないだけです。
淀川 まあ、聞いた? 「好きでないだけです」、冷たく言うもんなあ(笑)。じゃあ、ベルナルド・ベルトルッチはどうなの。
蓮實 ベルトルッチは「ラストエンペラー」さえ大好きです。
淀川 まーあ、「さえ大好き」だって。その言い方、ちょっと直しなさい。憎たらしいなあ。(笑)

 その他、この号には13人が選んだ映画のベスト50が紹介されている。テーマはそれぞれ、ラヴ・ロマンス(中条省平選)、ミステリー&サスペンス(野崎歓選)、SF&ファンタジー荒俣宏選)、芸術映画:外国編・Ⅰ(山口哲理選)、芸術映画:外国編・Ⅱ(藤崎康選)、芸術映画:国内編(山根貞男選)、ミュージカル(千葉文夫)、コメディ(森卓也選)、ウェスタン(吉村和明選)、アヴァンギャルド(鈴木布美子選)、青春映画(橋本光恵選)、サイレント映画淀川長治選)、ホラー&スプラッター吉本ばなな選)。