麻田雅文『日ソ戦争』(中公新書)を読む。もう発売以来1年半以上経っているのに書店に平積みにされていて売れているらしい。そのことは読んでみてよく分かった。まず日ソ戦争のことは詳しく知らなかったし、内容がきわめて興味深い。なにしろ長崎に原爆が落とされた前日8日、ソ連は突如日本に宣戦布告して満洲に攻め入ってきた。8月15日に日本は天皇の玉音放送が発表されてアメリカとの戦闘が終わったが、ソ連の攻撃はその後も止まず、ソ連との戦闘が終わって停戦が成立したのが9月になってからだった。日ソ戦争は1カ月足らずだったが、日本が降伏後の戦闘が満州や南樺太、千島列島などでは続き、混乱する日本軍にソ連軍は容赦なく襲い掛かった。
アメリカや中国との戦闘は詳しく語られてきたが、ソ連との戦闘を詳しく語った新書などはなかったのではないか。知らないことばかりだった。
ソ連が満州に攻め込んだとき、満州に駐在していた日本の関東軍は主力がアメリカ相手の太平洋方面に動員されていた。日本がソ連と戦うことはないだろうとの甘い見方から、動員された関東軍の後釜には本州から高齢や若年の訓練も不十分な兵隊が充てられた。さらに武器も不足していた。そこへソ連軍が押し寄せた。
終戦の頃から満洲ではまず軍隊の幹部やその家族が逃げて行って、日本人の住民は後に残された。攻め入ってきたソ連兵は住民を襲い、金品や女性などを求めた。日本人たちも若い女性を提供して仲間の安全を求めた。
私の親戚でもソ連兵の犠牲になった女性がいた。ソ連兵のために赤ちゃんが産めない体になったと言っていたことを覚えている。彼女は終戦のとき満洲で美容師の修行をしていてまだ20歳だった。
ソ連はベルリンのように北海道の分割統治も狙っていた。それはアメリカのトルーマン大統領が拒否したが、南樺太と千島列島をソ連が支配することはトルーマンも否定しなかった。一歩間違えば北海道も南北の朝鮮半島のように分割されていたかも知れなかった。
1か月足らずの戦争を詳しく記述している。記述は具体的で悲惨な戦闘や指導者たちの混乱など、リアルに迫ってくる。優れた歴史書だ。
