金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』(新潮社)を読む。2012年発売の単行本を買ってあったのに読んでいなかった。去年中公文庫から発売されたのでやっと手に取った。
これは『新潮』に2004年から2006年にかけて書き継いだ連作短編集のような体裁だったのを、連載終了の数年後に単行本になり、文庫には出版社を替えて中央公論から出している。それも12年後に。そのことは売れ行きに期待を持てないと新潮社が手を引いたのだろうか。
文庫版には矢野優による金井美恵子へのロングインタビューが掲載されている。タイトルについて金井が言う。「ピース・オブ・ケーキ」には「簡単に出来る仕事」という意味がある。甘い、というか、おいしい仕事、ということで、それが自分の小説にピッタリだと思った。「トゥワイス・トールド・テールズ」は「語り直し」だと言う。
矢野が本書のストーリーをごく簡単に要約している。
――主人公というべき男性の「私」は、終戦の年に北京で生まれ、その後、一家3人で帰国したものの、父は主人公が小学校にあがる前に突然以前から知りあいで秘かな恋愛関係にあったらしき女性の所へ妻子を捨てて行ってしまいます。そこで、母子は伯母が洋裁屋を営む別の町に移り住み、伯母と祖母と暮らすことになる。そのような幼年時代を、後に成人して作家となった主人公が回想している。そして、もうひとつの回想として、書き置き1枚を残して主人公から去っていった恋人の記憶がある。
この簡単なストーリーが繰り返し繰り返し語られる。細部が精緻に、どこか織物にも似て延々と語られる。しかもその語り=文体は時にページにやっと句点が1個のように長い長い文章で綴られる。フランスのヌーヴォー・ロマンの作家クロード・シモンの文体にも似て(ただし私の知っているのはクロード・シモンの翻訳だが)。私は金井より1個下、私たちの青春時代はフランスのヌーヴォー・ロマンが花形だった。物語を排し、細部に拘泥し(ロブ=グリエ)、句点のない長い文章(クロード・シモン)などの。
しかしヌーヴォー・ロマンが流行ったのはもう50年以上前だ。フィリップ・ソレルスもそこから足を洗ったし、ル・クレジオは最初少し接近はしても仲間には入らなかった。もうヌーヴォー・ロマンはいいやっていう気持ちだ。
私は金井美恵子はこれからも読んでいくけれど。
