須藤靖『AIなき世界に戻れるか?』を読む

 須藤靖『AIなき世界に戻れるか?』(インターナショナル新書)を読む。副題が「物理学者、17の思考実験」というもの。東大教授だった宇宙物理学者の須藤靖が、東京大学出版会のPR誌『UP』に連載したエッセイと他の雑誌に掲載した合計17編をまとめたもの。

 「AIなき世界に戻れるか?」、「我々は宇宙人をどこまで理解できるのか」、「マルチバースとしてのメタバースをめぐるメタな考察」「基礎科学とヘッジファンド」など、面白そうな話題が並んでいる。

 須藤はやがて意識意を持ったAIが登場するとみている。意識を持ったAIは、強大な国家権力に匹敵する自らのネットワークを駆使してなんでもできる。AIテロを企てようとする不埒な人間(グループ)は直ちに特定され、世界中の監視カメラ映像を解析して常に追跡・監視される。本人の銀行口座やクレジットカードなどが凍結され使用不能になるのは当然だ。機会を狙ってその人物が利用する電車や航空機のコンピュータを誤作動させ、事故にみせかけて抹殺してしまうかもしれない。現在、国家権力による弾圧として危惧されるあらゆることが、意識を持ったAIなら容易に実行できる。

 須藤の考えるその対策案は次の3つだ。

A:ただちにAIの開発をやめる

B:そもそもAIを使わない社会に回帰する

C:AIに支配されつつも我々の存在価値を認めてもらい、AIに共生してもらえる人間社会を目指す

 須藤はC案を薦めている。

 

 アインシュタインはミレヴァと恋仲になり、ミレヴァは娘を出産する。その後アインシュタインはミレヴァと結婚する。のちにミレヴァとの関係が悪化したアインシュタインは、3歳年上で2人の子供を連れて離婚したばかりのいとこ、エルザと再会し、互いに惹かれ合う。やがてエルザと成人した2人の娘と一緒に暮らし始めたが、その数か月後、20歳の娘イルゼが「アインシュタインは自分と自分の母親のどちらと結婚したいのかわからない」との悩みを漏らす。それに対しアインシュタインは「自分は関係ないから2人で決着をつけてもらって、どちらでもいいから結婚したい」と言ったそうだ。

 

 さて、須藤の英語学習に関する見解が興味深い。

高性能無料AIアプリの登場が、英会話学習に革命をもたらすのは確実だ。と同時に、そもそも英語(外国語)を学ぶ必要性そのものを問い直す契機となる。すでに存在するAIアプリですら、英語と日本語の翻訳・通訳が問題なくなりつつある以上、そのアプリの持ち主である日本人が直接英語を理解する必要は薄い。海外旅行の際に必要な英会話程度であれば、無料AIアプリで十分である。それどころか、私レベルの英語の発音だとかえって混乱を招くので、AIアプリを利用したほうが誤りや混乱の発生率は低くなる可能性が高い。小説、契約書、さらには研究論文に至るまで、母国語で書き電子的に入力すれば、専用AIが瞬時に任意の外国語に正確に翻訳してくれる時代は目の前だ。したがって、より重要なのは、どれか一つの言語(通常は母国語)を用いて、AIと正確な情報伝達ができるだけの読み・書き・話す能力なのである。もはや異なる言語間の障壁はなくなったというべきであろう。外国語を学ぶのは、AIの翻訳の正確さを確認する専門職、文学研究者、原語で読むこと自体を楽しみたい人、などの一部の人々に限定されるようになるだろう。

 

 須藤は今年東大教授を定年退職した。それを機に『UP』に連載していたエッセイを終えることにしたという。それがちょっと残念だ。