須藤靖「我々は宇宙人をどこまで理解できるか」を読む。東大出版会のPR誌『UP』2019年12月号に掲載されたもので、連載エッセイ「注文(ちゅうぶん)の多い雑文 その48」になる。
テーマは、地球人と宇宙人は互いのメッセージを理解できるのか。
これは我々が外国人を介して母国語以外の言語を学ぶ場合とさほど変わらない。文化・歴史・政治・宗教などに基づく微妙なニュアンスを別にすれば、理解しあえることはほぼ自明である。
アメリカは1977年に打ち上げた探査機ボイジャーに、115枚のアナログ信号に変換したものに加えて、多くの自然音、音楽、55か国語での挨拶などを収めたレコード盤を搭載した。しかし、宇宙人がわれわれと同じ可視域において視覚を発達させている必然性はない。
須藤は人間がペット型ロボットや人型ロボットと「意思疎通」できているかのように思えるほどのレベルに達しているという。それは我々が定めたデジタル符号列に従って動作するハードウェアをわれわれが作り上げたからだ。だがそのようなデジタル符号列を彼らに「解読」してもらえるかどうかは自明ではない。ならばいっそのこと宇宙人との相互理解そのものを、こちら側のAIと相手側のAIに丸投げしてはどうだろうと須藤は言う。
1974年に天文学者フランク・ドレイクはプエルトリコにある電波望遠鏡から、約2万5千光年離れた球状星団M13に向けて電波信号を送っている。そのことについて、須藤は注4で交信は無理という。
M13内の天体のどれかに知的生命が存在するとしても、このメッセージを受け取った旨の返信が地球に届くのは、5万年後である。その頃もなお地球の文明が維持されている可能性はほぼゼロである。
さらに、須藤は言う。
さほど遠くない未来、この地球上で、我々人類は確実に絶滅する。限られた地球上の資源では、現在の規模の人口と文明を今後1万年そのまま維持することは困難だろう。一方、工夫すれば(超ミニサイズの)電波望遠鏡やコンピュータを、はるかに長期間、無人運用し続けることは難しくない。(中略)
1万年後に人類文明が絶滅したとしても、寿命を迎えて膨張して赤色巨星となった太陽に呑みこまれるまでの50億年間にわたって、電波望遠鏡とコンピュータが稼働し続けるとすれば、約100億年に及ぶ地球史のなかで、地球外知的文明の交信の主役は人間でなくAIとなる。これは地球に限らず、他の知的文明においても同様だろう。
私たちはここでもやはり、宇宙の知的存在との相互理解の不可能性を書いたスタニスワフ・レムの『ソラリス』を思い出さずにはいられない。また、レムが『宇宙飛行士ピルクス物語』で語っているエピソードも印象的だ。ピルクスが遭遇した宇宙船はおそらく数百万年前に惨事が起きて、以来宇宙空間を漂っており、「おそらく今は、あれを送り出した文明もすでに存在していないことを知っていた」と綴られている。
https://mmpolo.hatenadiary.com/entry/20081109/1226210179
さて、須藤は、また注6で、
……訓練されたAIが瞬時に英語と日本語の翻訳をできるのは当然である。今後数年以内に、スマホの翻訳機能ですら私程度の英語力を凌駕することは確実だ。そのような時期にあって、中味の乏しい日常会話ができることをめざした英語教育を小学校で必修化する理由が全く理解できない。もっと優先順位の高いことはいくらでもある。
「人間が現在規模の人口と文明を今後そのまま維持することは困難だろう」。ここでロシアの象徴主義詩人アレクサンドル・ブロークの詩の一節を思い出す。
ああ子どもたちよ、おまえたちが来たるべき暗い冷たい日々を知っていたなら