高知県人は話を盛るか?

 東京大学出版会のPR誌『UP』9月号に須藤靖の「注文の多い雑文 その43」が載っている。今回のテーマは「アインシュタインは本当に『人生最大の失敗』と言ったのか」となっている。

 一般相対論にしたがえば、この宇宙は時間変化することが予言される。つまり、無限の過去から無限の未来まで、ずっと同じ状態のままであり続ける安心感を与えてくれる宇宙は、一般相対論の方程式からは導かれない。これに悩んだアインシュタインは、時間変化しない宇宙が得られるように、自ら一般相対論の基礎方程式(現在、アインシュタイン方程式と呼ばれている)を改竄し、余分な項を一つ付け加える決心をした。

 付け加えられた項は宇宙項、そこに登場する定数λは宇宙定数と呼ばれている。しかし、のちにアインシュタインは宇宙項がもはや必要ないことを認め、「宇宙定数の導入は自分の人生最大の失敗だった」と述べたとされる。須藤はこれが本当にアインシュタインが言った言葉なのか追求していく。まずその根拠がジョージ・ガモフの本だけが唯一の記録であると知る。ところが最近マリオ・リヴィオの著書によって、ガモフが語っていたアインシュタインとの会話は全くの捏造だと、リヴィオが推理していることに驚く。ガモフの数多い(捏造の)前科から、アインシュタインとの会話も勝手に「盛った」だけなのではないか、と。
 須藤はこの「盛った」に(8)と注番号を付している。そして、「注文の多い雑文」のタイトルどおり、わずか7ページ弱の本文に14もの注が付せられているその8番目の注がつぎのようなものだ。

(8) 高知県人は話を盛るか?:私を含めて高知県人はしばしば「話を盛っている」疑惑をかけられることがある。かつて、高知県の中学校の同級生のお姉さん(といってもすでに還暦を超えた年齢である)のお家にお呼ばれしたことがある。参加者の中に女子高校時代からの親友という同じく還暦を迎えた女性(当たり前か)もいらっしゃった。何故か血液型の話題になり、二人ともAB型であることがわかった。私が「数少ないAB型同士で半世紀親友とはすごいですね」と感想を述べたところ、「そんなことはない。当時の自分たちのクラスは半数以上がAB型だった」と譲らない。こんなくだらないことですら、頑なに事実を捻じ曲げて自説を主張する大人げない高知県人がいるおかげで、正直者の私までもが話を盛っている疑惑をかけられてしまうのだ。ところで初校の段階で、数学科出身であるため物理屋の直感を信じないT嬢から、「本当に嘘なのでしょうか?」という素朴な疑問を投げかけられた。仕方ないので、彼女を満足させるべく愚直に計算してみた。
(以下、複雑な数式が掲げられているが割愛する=mmpolo)
 仮に日本人のうち、若者2千万人をむりやり40人のクラスに分けたとしても、クラスの総数は50万でしかない。1年に1度クラス替えをしたとすれば、200年に1度だけ広い日本のどこかで半数以上がAB型というクラスが登場する可能性はある。高知県出身の件のおばさん、もとい、女性二人がたまたまその稀なクラスだった可能性は否定できないものの、彼女らが話を盛っていたと解釈するほうがはるかに説得力がある。

 文中言及されている東京大学出版会の編集者T嬢は、須藤の原稿にしばしば登場するばかりか、ほかにも二人の執筆者が言及していた。私のブログ内で「T嬢」で検索されればそれが読めるだろう。