北大路公子『苦手図鑑』を読む

 北大路公子『苦手図鑑』(角川文庫)を読む。脱力系エッセイというのだそうだ。裏表紙の惹句から、

電話でカジュアルに300万の借金を申し込まれ、ゴミ分別の複雑さに途方に暮れ、扇風機との闘いを放棄し、食パンの耳に翻弄される……。キミコさん(趣味・昼酒)の「苦手」に溢れた日常を無駄に繊細な筆致で描く。

 なるほど、そこそこ楽しめたのだが、太宰治の『人間失格』の一節を思い出してしまった。

 その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。
「ワザ。ワザ」
 自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。

 わざとらしさを感じて、手放しで面白がる気持ちにはなれなかった。

 

 

苦手図鑑 (角川文庫)

苦手図鑑 (角川文庫)