その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上がってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。
「ワザ、ワザ」
自分は震撼(しんかん)しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上がるのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。
それからの日々の、自分の不安と恐怖。
この「ワザ、ワザ」という批判は、現在のテレビのお笑い番組やバラエティ番組にそのまま当てはまるだろう。そう指摘されたときの太宰は「発狂しそうな気配を必死の力で抑えた」というのに、テレビ局はへらへらと同じ番組を流し続けている。
太宰治をとくに好きなわけではないが、この感性は最低限必要なものではないか。
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