柳広司『漱石先生の事件簿 猫の巻』を読む

 柳広司漱石先生の事件簿 猫の巻』(角川文庫)を読む。誰かが大変ほめていたから。夏目漱石だか『吾輩は猫である』の苦沙弥先生だかの家に書生として住みこんでいる青年が、事件というより小さな謎を次々と解決していくという話。『吾輩は猫である』の世界を舞台に『猫』のエピソードを下敷きに物語を作っている。文庫版の解説で田中芳樹が書いている。

 本作品では、猫どおしにとどまらず、人間どおしの会話も原典どおりに再現されていることが何度もある。会話だけでなく、地の文に原典の文章がそのままの形でまぎれこんでもいる。すべての明確な意図のもとになされた作品世界構築の作業なのだが、おどろくべきことに、20世紀初頭の漱石の文章と、100年後の柳さんの文章とが、極上のスープのようにとけあって、まったく違和感がない。

 いや、これは少々提灯記事の類ではないのか。私は「極上のスープのようにとけあって、まったく違和感がない」とは反対の印象を持った。なんだか味噌汁の中にチーズが入っているような、コンソメスープと味噌汁を混ぜたような印象だった。平成の文章の中に明治の文章が混在しているのだ。
 事件というのもささやかなものだし、その解決も鮮やかとはとうてい言えそうもない。これが大方の評価を受けているのだとしたら、文学の大衆化もここまできたのかと、ある意味感心したのだった。