山本弘の作品解説(85)「薮」


 山本弘「薮」、油彩、F20号(72.7cm×61.0cm)
 1978年制作。20号の比較的大きな画面にパレットナイフで右上から左下へ描きなぐったような茶色が走る。山本の不定形な自然を抽象画的に描くシリーズの一つだ。同じような作品は、霧を描いた「種畜場」、降雨を描いた「秋雨」、降雪を描いた「雪の三叉路」、柴垣を描いた「芝塀」などいくつかある。
 「薮」は前面に枯葉色の薮を描いているようだが、少し明るい黄土色で矩形を筆で描いていて、不定形の中に形を作ってもいるようだ。
 これらのシリーズは、当時美術界を席巻していた抽象絵画に対して、あくまで具象の世界にとどまり、具象の方法論で抽象絵画を換骨奪胎しようとしたのではないかと思われるのだ。「自然」を再現しながら、写実絵画の真逆の位置へ、ほとんど抽象に近いところまで、しかし抽象絵画ではなく、あくまでも自然を描く試みを手放さなかったのではないだろうか。そのことを針生一郎さんが、「奔放な筆触や色塊のせめぎあう抽象化された画面に、イメージが胎生する瀬戸際をねらっているようだ」と表現されたように思う。
 山本は体を壊していることもあり、貧乏でお金がなかったこともあって、若いころを除いて長野県の片田舎から出なかった。東京の美術運動から遠く離れて、わずかに図書館の『芸術新潮』を見るくらいで、たった一人の周囲に誰一人理解者のいない場所で、こんな優れた仕事を成し遂げていたのだ。
 故郷でアル中だの酔っぱらいだの半分キチガイ扱いされた画家山本弘の、私は弟子だったことが誇らしい。初めて会ったのが51年前、亡くなってもう37年になる。生きていたら米寿だ。
 明後日からアートギャラリー道玄坂山本弘展が始まる。楽しみです。