山本弘の作品解説(71)「庵」


 山本弘「庵」、油彩、F10号(45.5cm×53.0cm)
 1976年制作。小さな一軒家が描かれている。家の前に庭があり、そこに小さな猫も描かれている。家の裏手には山が迫っているようだ。このような一軒家は山本がしばしば取り上げたテーマだった。きっと山本はいつも「孤」を意識していたのだろう。一軒家は自画像でもあるに違いない。
 山本は同時期に抽象的な作品と具象的な作品を描いていた。それはなぜか。山本は長野県の小さな町でどんな美術運動にもほとんど属さないで孤独に制作を続けていた。だから特定の流派を意識する必要がなかった。自分の興味のある、自分が面白いと思う絵を描いていた。「彼はどこでフォートリエを学んだのだろう」と美術評論家針生一郎さんが言われたが、おそらく山本は市立図書館に置かれている『芸術新潮』でアンフォルメルを知ったのだろう。司書の福沢さんが、よく来て『芸術新潮』を見ていましたと言われた。僕は熱い抽象だと言ったこともあったし、タシズムだと言ったこともあった。
 屋根の上にスッと引かれた濃い緑の筆触が美しい。こんな絵を描いていて飯田市では誰からも認められなかったのだ。私は「虚無の天才画家」と呼びたい。