河合隼雄『影の現象学』を読む

 河合隼雄『影の現象学』(講談社学術文庫)を読む。題名がフッサール現象学を連想させるし、講談社学術文庫から出版されているから難解な本だと思われるかもしれない。しかし本書は難しいものではなく、無意識を研究して人の心を理解しようという心理学の本だ。題名の現象学は河合が選んだものではなく、本書を最初に発行した思索社の意向によるもので河合は不本意であったようだ。河合はユング派の心理学者で、心理療法を行いまた日本に箱庭療法を導入している。
 本書の題名の影とは意識下におけるもう一人の私だ。影についてユングが言っている言葉は、「影はその主体が自分自身について認めることを拒否しているが、それでも常に、直接または間接に自分の上に押しつけられてくるすべてのこと――たとえば、性格の劣等な傾向やその他の両立しがたい傾向――を人格化したものである」という。そこで影を知るためにしばしば夢を分析する。本書にはさまざまな夢の事例と夢の解釈が引用されている。夢を通じて本人の気づかなかった内面が明らかにされる。
 この影と自我が対立し、影の力が強くなって自我がそれに圧倒されるときは破滅がある。「ある個人がみすみす自分を死地に追いやるような無謀な行為をするとき、その背後に影の力がはたらいていることが多い」と河合が書いている。
 影との対話で、河合は映画『戦場のメリークリスマス』を引用する。原作がヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』で、大島渚によって映画化された。河合は、この物語が「影との対話、東洋と西洋との対話、という点で示唆するところが大であると思った」と言っている。
 夢の事例が具体的に多く紹介されていて、興味深く読むことができる。それでいて、意識下に関することが明らかになってくるように思われた。これらの夢のエピソードを読んでいるだけで、自分や家族に関して今まで気がつかなかったいくつかの謎が理解できたような気がした。
 先日読んだ『河合隼雄自伝』と同様に有意義な読書だった。河合隼雄に関してもっと読んで見よう。


影の現象学 (講談社学術文庫)

影の現象学 (講談社学術文庫)