ロルカの『血の婚礼』に感動した


 新国立劇場でフェデリコ・ガルシーア・ロルカ作の芝居『血の婚礼』を見た。これは同劇場演劇研修所公演第9期生試演会で、役者はすべて新人たちだが演出は田中麻衣子が担当している。
 ロルカはスペインの詩人、しかしスペイン内戦のため1936年に38歳で銃殺されている。『血の婚礼』は著名な戯曲だが、今まで見る機会がなかった。日本ではぶどうの会が1959年に上演しているという。
 パンフレットから、

息子とふたり暮らしの母親は花嫁となる娘のことが気になっている。娘には息子と出会う前に付き合っていた男性(レオナルド)がいて、その男性の一族によって、夫と息子の兄が殺されたからだ。レオナルドはその後、娘の従姉妹と結婚し、子どももいるが、娘のことが忘れられず、結婚式に現れる…。

 詩人の書く芝居の台詞は強く鋭く、少しも無駄がない。物語は悲劇に向かって突き進んでいく。婚礼の日が来る。親戚たちが集まり、レオナルドも妻とともに現れる。花嫁の葛藤、花婿を愛しながらレオナルドにも惹かれている。
 チェホフの『かもめ』同様、事件は舞台の裏で起こる。花嫁の悲鳴が聞こえて悲劇が決着する。
 ちょうど芝居を観る直前に河合隼雄の『影の現象学』を読み終わったところだった。すべての人間が影を持っている。影とは無意識であり、もう一人の私だ。この影と自我が対立し、影の力が強くなって自我がそれに圧倒されるときは破滅がある。「ある個人がみすみす自分を死地に追いやるような無謀な行為をするとき、その背後に影の力がはたらいていることが多い」と河合が書いている。『血の婚礼』の登場人物たちも、まさに彼らの影の力に動かされている。それはどうしようもないことだと芝居は強く説得してくる。
 誰にも止めることのできない悲劇が確実に迫ってくるのを、舞台の上でも、そして客席でもただ耐えて待つしかない。その緊張が張り詰めたとき花嫁の悲鳴が聞こえる。しかし、それで終わらない。母親と花嫁の葛藤が展開される。
 見終わって心の奥深くに突き刺さったものが長い時間消えなかった。
 優れた芝居の第1の条件は戯曲にあるだろう。その戯曲を十全に展開するためには優れた演出とそれに応える役者が必要とされる。3者が揃って初めて優れた舞台が成立する。
 今年10本余の芝居を見たが、『血の婚礼』はベスト3に数えられる。ほかの2本は井上やすしの『少年口伝隊1945』と、エドワード・ボンドの『戦争戯曲集:大いなる平和』だった。偶然にもこの3本がみな演劇研修生が演じたものだった。『血の婚礼』と『少年口伝隊〜』は新国立劇場の、『大いなる平和」は座・高円寺の研修生が演じたものだった。
 研修生が演じたものがなぜ良かったのか。おそらく戯曲の選択がよかったのだろう。そして演出と。文学座青年座のそれぞれ研修生の演じたチェホフの『かもめ』も見たが、どちらも凡庸だった。とくに文学座の演出は奇を衒っていて良くなかった。ベスト3の芝居が成功したのは、戯曲が良かったことと、演出が優れていたこと、鍛えられた研修生の感受性がまだ柔軟で、演出家の注文によく応えていたことなのだろう。
 優れた芝居を見る喜びは何ものにも代えがたい。ただ、こんなにも成功している舞台が入場者に恵まれていないことが残念だ。私は土曜日の夜の舞台を見たが、観客は3分の1以上〜半分以下で実際4割くらいの入りではなかったか。研修生の試演会ということで料金はA席3,240円、B席2,700円という安さだ。舞台は火曜日まで続いている。26日(月)が19:00開演、27日(火)が14:00開演だ。チケットはまだ余裕があるだろう。ぜひ見ることをお勧めしたい。
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