宇野千代の驚くべき食の嗜好

 宇野千代は食事に凝るという話を『宇野千代全集』の月報で竹岡美砂が紹介している。(『個人全集月報集 円地文子文庫・円地文子全集・佐多稲子全集・宇野千代全集』(講談社文芸文庫)より)

たまたま美味しい到来物があると、即座に製造元を調べ、北海道であれ、九州であれ、電話で大量に発注し、来る人ごとに分けて上げないではいられない。少々常人離れしたところがあって、美味しい、と思うと1か月くらい毎日毎日同じ物を召し上る。鱸(すずき)の塩焼き、松葉蟹、自家製のラーメンなどその例だけれど、15日目くらいに、「わぁ、飽きない。」と問うと、「飽きないわよ。」と上機嫌である。そしてある日、狐が落ちたようにケロッと打ち止めになる。この凝り性が宇野さんの生き方の根にあるように思われる。小説に凝り、恋愛に凝り、出版事業や、きもの制作に凝り、賭け事に凝り、骨董に凝り、建築に凝り、凝りに徹してすべてを一流に仕上げた人である。

 甥の宇野純夫も書いている。

 「今日は」と戸を開けると、酒の匂いが漂ってきた。もう2週間もそんな日が続いている。
「今日はもう何杯飲んだの」と伯母に聞くと、「朝3杯でしょ、それに昼に2杯だから、5杯ね」と答えた。この前までは葛切りに凝っていた。その前は諸味だったが、今は甘酒に凝っている。板になった酒糟を湯で溶かし、砂糖を加えただけの簡単な甘酒。それを朝から晩まで飲んでいる。酒糟でアル中になるのではないかと思える程。御蔭で家中酒の匂いが浸み込んでいく。
 たった二人で生活しているのに、わざわざ郷里の岩国の酒造元から、酒糟を10キロ、20キロと注文している。そして来る人来る人に飲ませて、甘酒の作り方を教え、酒糟を分けている。
 いつも突然凝りだす。凝りだすと製造元に直接電話をして、何百と注文する。そして毎日毎日、朝、昼、晩と食べ続ける。それが短くて1ケ月、大体2、3ケ月ぐらい続く。凝っている時には、おかずはそれだけでもいいと言うので、御馳走になっても、いつでも同じメニューになってしまう。それだけに何を食べさせられるか、心配することはないが、御馳走の楽しさが、かなり減ってしまう。
 普通の人が何年かに分けて食べる物を、一度に食べてしまうことになる。その反動なのかは分からないが、2、3ケ月続いて飽きると、もう何年も手を付けなくなる。少し変った食生活を持っている。

 ここで瀬戸内寂聴宇野千代への弔辞を思い出す。

 男と女の話をなさる時は、芋や大根の話をするようにサバサバした口調でした。
 「同時に何人愛したっていいんです。寝る時はひとりひとりですからね」
 私が笑い出す前に厳粛な表情で、
 「男と女のことは、所詮オス・メス、動物のことですよ。それを昇華してすばらしい愛にするのは、ごく稀(まれ)な選ばれた人にしか訪れない」
 とつづけられました。

 『弔辞』(文春新書)より。宇野千代は、作家の尾崎士郎や北原武夫、画家の東郷青児ら多くの著名人と恋愛・結婚遍歴を繰り返していた。恋多き女として知られている。



弔辞―劇的な人生を送る言葉 (文春新書)

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